SHOT・SHOT

森戸喜七

三匹狼

第1話 髭・三つ編み・大岩

 定期的に給料は出てるからフリーの賞金稼Bounty hunterぎでもなし、秘匿するような秘密もないというから特殊機関でもないらしい。間違っても警察官なんかじゃない。一体彼らはなんなのか?ただ悪党どもを彼らなりに、時にはダーティに退治していく。まったく誰かの犬なのかそれとも根無し草なのか。


 つまり連中はそんなやつら。


 




 今は昔、平和な時代にはハードボイルド・スターたちの格好の活躍の舞台となり、映画を観る人々を楽しませていたというその土地も、今は荒れ果てて手入れする者もいない。草は点々方々に生えわたり、割れたアスファルトが砂の隙間からその名残をのぞかせているだけだった。

 そんな道を、一台の大型車が砂塵を巻き上げて走り去っていった。二階建て大型バスのような特殊キャンピングカーの運転席に見えるのは若い女で、備え付けのまるで飛行機用であるかのようなシートベルトで身体を座席に縛着ばくちゃくしていた。ナビや計器類の静かな灯りに照らし出される艶やかな若肌は白い。うなじから続く三つ編みは本来薄茶であるようだったが、肌の白さと濃い影も相まってほとんど黒に見えた。


「シャーリー」


 名前を呼ばれ、後方のキャビンから漏れる光を受けながら三つ編みの影が揺れた。


「もうあと少しで街に着くわ。コーンスープもらってもいーい?ちゃるー」


 彼女の声にキャビンの大男が振り返る。スキンヘッドの黒々とした頭と据わった眼はその存在感だけで空間を圧していた。正に大岩の如く。しかしそんな容姿とは裏腹に、身体には如何にも可愛らしいエプロンがまとわられていた。そのエプロンには、やはり彼には似つかわしくないような『チャル』という名前が小さく刺繍ししゅうされている。彼は湯気の立つマグカップを二つ持ち運転席の後ろに立った。彼の声は素晴らしくドスが効いている割に、その語気は実におだやかなものだった。


「コーンスープ、できたよ」

「ありがと。ジェフはどうしてるみたい?」

「ハンモック吊って寝てる。ちょうど街道に入った時からずうっと」

「柄でもないことしてるわねー。でもハンモックなんて持ってたっけ?」

「前の仕事での押収品だって」

「あきれた。飽きっぽいくせに、いろんな物はいっぱい集めちゃうんだから」

「起こす?」

「まあ、到着するころには勝手に起きるでしょ。そっとしといていいよ。チャルも少し休んだら?」

「ごはん作ってから休ませてもらうよ」

「いつも悪いわね」


 鼻歌交じりでキッチンへ向かうチャルを見送り、シャーリーはマグカップを傾けた。

チャルは料理が得意だ。シャーリーの飲むコーンスープは市販のインスタントであれ、チャルが作れば特別美味に感じたが、それはそれだけチャルの料理の腕を信頼しているということでもあった。チャルは料理だけでなく家事全般が得意であり、この車での生活を任されていた。置きっぱなしのマグカップから香る甘ったるいココアからも察するに、気の優しく甘い心は女のシャーリーも一目おくところで、むしろそれを羨ましくさえ思っていた。だがそんなチャルの性格を考えていると、ふと思い浮かぶ言葉がある。


「でもこんな仕事じゃ、大雑把な単細胞の方が向いてるのかもね」


 仕事とはもちろん家事のことではない、この車に乗り込んでいる三人としての本業のことだ。大して口に出すほど自慢のしようがない仕事ではあるが、その内容はシンプルで、何より単純な判断をしさえすれば思い切りの良さに身を任せ押し進んでいけるようなものだった。


「そうは言っても、いくら大雑把な単細胞でも、少しはチャルを見習ってほしいわね。ジェフは」


 ジェフ。先ほどから二人が口にしているこの名。名の主は、慣れない手つきで吊ったハンモックに収まって大きないびきをかいていた。身長はシャーリーとほぼ同じ位、長髪をオールバックにして鼻から下は頬や顎まで長いひげを伸ばし、二十代半ばであるはずなのに随分と老けて見えた。

 彼が一体何者であるか、示すようなものは一見して無い。ただ、ベッドと机の上に散乱した漫画雑誌と、アニメソング・ジャズ・ポップ・ディスコミュージックの順でタブレットからリピートされるBGMが、彼の趣味の特殊性を物語っているだけだった。仕事に関するものといえば一つ、38口径の五連発小型回転式拳銃スナッブノーズ・リボルバーが一挺、机の雑誌に紛れて放ってあるだけだった。

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