第五十三楽曲 第一節

 学園祭出演の打診を受けた翌水曜日。美和が登校すると生徒会から呼び出された。


「な、なんですか……?」


 昨日の放課後と同じく、長机に着く美和は警戒心を隠さない。向かいの真ん中には剛田教諭がいて、その両脇は生徒会の会長と副会長だ。剛田は憮然としていて、生徒会役員は恐縮そうな表情だ。

 備糸高校の場合、生徒会が握っている学校の実権などたかが知れている。大学の推薦欲しさに立候補した、言わば教師の雑用部隊で腰巾着だ。


 すると剛田教諭は眉を顰めて話し始めた。


「出演料を要求されたぞ?」

「ん?」


 美和は首を傾げる。昨日の放課後、生徒会室を出るなりすぐに武村と連絡を取り、前向きな返事をもらったのでその旨を古都が生徒会長に連絡した。それからすぐに学校と事務所が話したはずだ。

 それにしても連絡役をやったリーダーの古都を差し置いて、この日は自分だけ呼ばれたことが腑に落ちない美和。その理由は単純に昨年受け持った生徒で、且つ、美和が一番建設的な話ができると思った剛田の魂胆だ。


「そりゃ、そうですよ」


 すると美和が事も無げに言うものだから、剛田教諭は虚を突かれた。美和からしたら既に芸能事務所に所属していて、列記としたプロだから剛田の思考こそ解せない。


「あのな……、お前らはうちの生徒でもあるんだぞ?」

「そうですよ」

「そうですよって……。うちの生徒が学校行事のステージに立つのになんで金を要求されなきゃならんのだ?」

「私たちの芸能活動は事務所に権利があるからですよ。そういう所属契約なので」


 ダイヤモンドハーレムは備糸高校の部活動でバンド活動をやっているわけではない。むしろ部活動なのに芸能事務所に所属しては二重所属と類似するのでトラブルのもとだ。それに慣れていない備糸高校の教師に認識のズレが生じているのである。


「はぁ……。じゃぁ、なんだ? お前たちにステージに立ってもらうためには学校が金を払わなくてはならんのか?」

「はい。大学や高校の学園祭でゲスト芸能人を呼ぶのだってタダじゃないですよね?」

「まぁ、確かに……」

「因みにいくら要求されたんですか?」


 すると口を重そうにしながらも剛田教諭は答えた。それを聞いて美和の瞳は見開く。


「安っ!」

「は!? 安いのか?」


 驚いたのは剛田だ。ここに美和と剛田の乖離があった。


「安いです、それ。相場の2割くらいです」

「そうなのか?」

「はい。今月1回県内の大学に呼ばれてるけど、その5倍ですから。たぶん、所属の高校だから安くしてくれたんですね」

「つまり、お前たちはノーギャラなのか?」

「ノーギャラも何も私たちは今、毎月数万円程度の育成援助金を貰ってるだけですよ? だからそもそも歩合じゃないです」

「なるほどな。それはいい情報だ。金額が相場より格安なのはわかったし、何より学校は生徒に報酬を払う形に抵抗があったんだ」

「あぁ、なるほど」


 公立高校の運営資金の中から捻出される予算で芸能事務所に払うとは言え、それが巡って生徒の手に渡るのはあまり宜しくないのだ。芸能事務所に所属する生徒の報酬が毎月固定の額なら、なんとか話のしようはあると思い至った剛田である。

 すると美和が妙案を口にする。


「て言うか、要求されたのがそれだけなら、いっそのこと相殺にしたらどうですか?」

「相殺? 何とだ?」

「私たちの衣装代」

「……あ!」


 一瞬考える仕草を見せた剛田だが、理解したようだ。そう、ダイヤモンドハーレムがライブで着ている衣装は美術部の朱里がデザインをして、睦月をはじめとする家庭科部が作ったものだ。芸能事務所に所属した今でもダイヤモンドハーレムは、それを公式衣装にしたまま活動している。


「そうか。衣装を事務所に買い取ってもらえばいいのか」

「はい。それが叶ったら美術部と家庭科部の部費を優遇してあげてね?」


 と言ってチラッチラッと美和が生徒会役員に目配せをする。役員は苦笑いだ。


「因みに生地代を出したのは私たちメンバーですけど」


 すると続く美和の言葉にジト目を向ける剛田。


「支払いの履歴はあるのか?」

「はい。レシートか領収書を持ってます」

「それならそれは実費だから出せるだろう」

「とう言うことは商談成立ですか?」

「事務所が相殺に納得してくれればだけど、そういう話なら俺からも学校に話の通しようはある」


 と言うことらしい。これにて美和は生徒会室から解放された。希がいなかったからなのか、剛田が穏やかだったので安堵した美和である。

 そして教室に戻ると他のメンバーに美和は経緯を話した。但し、金に関わる話題なのでクラスメイトからは少し距離を取り、話を聞かれないように配慮している。


「ふーん。さすがは美和。うまく話をまとめたわね。古都だったら無理だわ」

「それくらい私にもできるよ!」


 希が自分のことを棚に上げて美和に感心を、古都に嫌味を向けるので、古都は突っかかる。美和は剛田の思惑どおり建設的な話ができた。この場にいる唯も美和に尊敬の目を向けている。

 するとそこでバンドの会計役でもある美和が言う。


「お金の話をしてて思い出したんだけど、そろそろバンドのお金をみんなで分けようか?」

「まだ残ってるの?」


 古都の疑問に美和は首肯した。2年生の時のビーチライブで得た収益はインディーズCDの制作費と衣装代に消えた。そしてインディーズCDの収益はタローの遺族に渡すからないに等しい。残っているのは、アルバイトをしていた頃のメンバーからの集金とライブ収益の累積だ。


「4等分してもそれぞれそれなりの楽器が1つ買えるくらいはあるよ」

「そうなの?」


 古都が食いつくので美和は笑顔を浮かべた。無駄遣いをせずに活動してきたので、図らずとも積み立てのようになっていた。すると気を良くした古都に希から待ったがかかる。


「古都? 分けるのは今すぐでもいいけど、いきなり消費するのは得策じゃない」

「なんで? 楽器が買えるんだよ?」

「プロダクションとレーベルの専属契約が整ったら、私たちにも契約金が入る」

「あ!」


 希の言う専属契約はメジャー契約のことだ。その契約金はアーティストが楽器など周辺整備の投資のために使われることが多い。


「それも合算した方がよりいいものを揃えられる」

「そっか、そっか」


 古都は納得したようだ。

 ジャパニカン芸能に所属する前は自主活動だったので、代表者である大和名義の口座で活動資金は動いていた。それも今回4人で分配したら用済みになるので、美和は大和に口座を返すつもりだ。インディーズの楽曲配信も金銭授受の権利はタローの嫁に譲る予定である。

 すると金の話をしていたことで、古都が思い出す。


「そうだ! メジャーデビュー後の印税なんだけどね、作詞も作曲も編曲も大和さんを含めた5人で均等に分けよう?」

「え?」

「古都ちゃん?」

「むむ」


 各々の反応を見せるメンバーである。しかし古都はそれに構わず言う。


「デビューCDは1曲だけ怜音さんの作詞になるけど、それ以外は5人で均等に分配って私の意向を泉さんに話した。作詞作曲編曲はダイヤモンドハーレム&菱神大和名義になる」

「ちょ、ちょ、古都ちゃん?」


 すると待ったをかけたのは唯だ。


「なに?」

「それはいくらなんでも……。編曲ならわかるけど、作詞と作曲は古都ちゃんだよ?」


 それに対して美和も希も「うん、うん」と首を縦に振る。しかし古都は駄々をこねるように言うのだ。


「やだ! 大和さんとメンバーがいてこそできた曲だもん。表題曲だって皆が手伝ってくれたじゃん。だから私は誰がなんと言おうと5人で分配する。拒否されても勝手に振り込むから!」


 ここまで言われてはメンバーも苦笑いだ。しかしそんな表情ながら美和が言う。


「でもね、古都? 作曲者が機材や楽器の設備投資に一番お金かかるんだよ?」

「そうよ。私なんて一回揃えたらほとんどお金がかからない」


 同調したのは希だ。それでも古都は言う。


「それなら皆の経費に関してはメンバー4人で均等に負担する! ずっとこのメンバーで一緒にやっていくんだから問題ないよね?」


 やれやれだ。古都は意見を変えるつもりがないらしい。しかしメンバーとしてはリーダーから嬉しい言葉ももらえた。もう反対の言葉も浮かばなかった。


 因みにこの後、剛田教諭はジャパニカン芸能の武村に連絡を入れ、美和から提案された相殺にて話をまとめた。つまりダイヤモンドハーレムは、今年も学園祭のステージに立つことが正式に決まったのだ。

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