第四十一楽曲 第八節

 土曜日。ゴッドロックカフェは開店前ではあるものの、店の入り口は解錠していたのでそこから入って来た2人の男。梶原と彼のアシスタントである佐々木だ。大和は2人と名刺交換をして、杏里とダイヤモンドハーレムのメンバーを紹介した。

 生演奏を見学に来たとは言え、この日はライブではないので通常の定期練習だ。大和は基本的にメンバーに付きっ切りになるので、ステージに上がってメンバーを指導する時間が長い。練習中の梶原と佐々木の対応は杏里に任せた。その3人はホールの円卓を囲って店の小さなステージを眺めている。


「この曲はボーカルの古都さんが作ったんですか?」

「はい、そうです」


 姿勢よく朗らかな笑みを浮かべて受け答えをする杏里。完全に猫を被っている。とは言えまだビジネスマナーも知らない大学生だから及第点だろう。凛としたその佇まいは他者に不快感を与えない。


「今度発売されるインディーズCDは全て古都が作詞作曲をして、編曲は叩き台が大和で、仕上げがダイヤモンドハーレムです」


 残念。メンバーはステージネームがアルファベット表記の名前のみだからいいが、バンドを引退してからの大和は違う。ビジネスモードならこの場合「菱神」と言うべきだ。まぁ、梶原も佐々木もそんなことは気にしないが。

 それに杏里はもとより大和も梶原たちの訪問の意図をまだわかっていないから本当にビジネスモードがいいのかもわからない。とは言え、芸能関係者だからダイヤモンドハーレムの今後に対して何か足掛かりになればと思っている。


「そうでしたか。制作者の名前が書かれていないので知れて良かったです」

「そうでしたね。まだコピー音源ですもんね」


 思い出したように言った杏里は一度席を外し、バックヤードから書類を持って戻って来た。


「これがジャケットと歌詞カードのサンプル画像です」


 杏里が持って来たのはプリントされたデザイン案だ。すでにプレスの依頼はかけた確定版である。秘密主義とは程遠くかなりオープンだが、これもアピールが得意な杏里のマネージャー魂だろうか。


「ほう……」


 それを食い入るように見るのは梶原と佐々木だ。佐々木はあくまでアシスタントで口を開く様子がなく、梶原が言った。


「全曲、作詞作曲編曲はダイヤモンドハーレム&菱神大和になってますね」

「はい。このバンドはそういうふうにしました」


 インディーズCDのジャケットデザインを朱里に依頼するにあたって、メンバーはそのように指示していた。これは古都の希望であった。あくまで作詞は古都の単独で、作曲は古都の曲に大和の手直しが加わっている。しかし古都はメンバーもいてこそ完成したと思っているからそれ故の気持ちだ。

 そして収益が出ればメンバーと大和で5等分することで話は決まっている。それ以前に一部は杏里、響輝、泰雅らにも謝礼を払うつもりだ。


 大和と杏里に関してはライブでのチケットバックの収入もそうだ。チケットバックの収入はそれほど大きな額ではないので大和も杏里も遠慮しているが、メンバーが譲らないのでありがたく受け取っている。

 そして大和と杏里の謝礼を除いた額がダイヤモンドハーレムの口座に預金されている。大和名義の代表口座なので、大和はゴッドロックカフェの税理士に会計処理もまとめて依頼した。湘南のビーチライブから年を跨いだため少しばかり税金は徴収されたが、レコーディングの費用はメンバーのアルバイト代も加えて予算が組めた。


「おっ!」


 すると練習の課題曲が代わった。梶原も佐々木もデザインから目を離し、ステージに集中する。轟音響くホールなので、この時は話ができる状況にない。それなので一通り演奏が終わって、大和がステージで指導をしている最中に杏里と話した。


「今の曲……」

「『STEP UP』ですね」

「この曲についてお話がしたくて今日はお邪魔させて頂きました」

「ん? どういうことですか?」


 そう質問を返した杏里にこの時は答えず、梶原と佐々木は練習の終了を待って、大和とメンバーが加わった席で訪問の意図を説明し始めた。総勢8人となる席なので、いつものとおり4人掛けの円卓を2卓使っているが、いつもとは違い満席だ。


「素晴らしい演奏でした。見学させて頂きありがとうございます」


 冒頭、梶原が丁寧に挨拶を口にして、佐々木と一緒に頭を下げる。それに合わせて大和も杏里も頭を下げた。メンバーは愛想良くニコニコしていたが、杏里と大和を見てから慌ててペコリと頭を下げた。


「それで今日はご相談があって来ました」

「はい、なんでしょう?」


 答えたのは大和だ。メンバーと杏里と佐々木はその様子を見守っている。


「私が企画した学園もののドラマが今、伊豆の廃校を使って撮影しております」

「あっ!」


 そこで声を上げたのは美和だ。皆の注目が集まる。


「萌絵ちゃんが参加してますよね?」

「よくご存じで。ジャパニカン芸能からオーディションに参加してくれて、面白そうな子だったので、キャスティングさせてもらいました。お知り合いでしたか?」

「はい。友だちです」


 美和の友人、タレント兼女優の萌絵が役にありついたドラマであった。美和は頻繁に萌絵と連絡を取っているので、そのドラマの撮影を把握していた。元々家出をした萌絵から声をかけられたのは大和なので、彼もまた感慨深く思う。

 梶原が話を続けた。


「そのドラマで予定していたタイアップ曲が大人の都合でダメになってしまいして」

「そうですか……」


 暗めのトーンで答えたのは大和だ。大人の都合と言われると彼もクラウディソニック時代に苦い経験があるので、深くは詮索しない。


「それで今回久保さんから『STEP UP』を聴かせてもらってイメージにピッタリだと思ってご相談に来ました」

「ん?」

「ん?」

「ん?」

「ん?」

「ん?」

「ん?」


 大和とメンバーは何を言われているのかわからず首を傾げる。芸能関係者だからこれを足掛かりになんて考えていた杏里までこの調子だ。かなり鈍い。とりあえずと言った感じで大和が問う。


「どういうことですか?」

「この『STEP UP』を主題歌にさせて頂けないかと思いまして」

「……」


 営業スマイルを浮かべた梶原に対して首を傾げたままの大和と杏里とメンバーの沈黙が一瞬流れた。そして……。


『え!?』


 メンバー一様に驚きのあまり声を張った。大和と杏里は口をあんぐりと開け、固まってしまった。すると古都が拳を突き上げた。つぶらな瞳はまん丸だ。


「うおー! マジですか!? いいんですか!? タイアップさせてくれるんですか!?」

「はい、そのお願いに伺いました」


 現実が飲み込めず固まったままの大和と杏里だが、梶原は話を進めた。


「今回のCDは流通販売ではないと聞いており、音楽出版社も通さないインディーズCDです。だからもし受けて頂けるなら製作者のダイヤモンドハーレムと菱神さんはもちろんのこと、ダイヤモンドハーレムは所属事務所のない未成年なので、保護者の方の同意も必要です。どうでしょう?」


 美和は満面の笑みを浮かべていた。唯は口元に手を当てて目を輝かせている。希は変態ちっくな卑しい笑みを浮かべていた。そして固まったままの大和と杏里を気にすることなく古都が答えた。


「取ります! 親の同意!」

「良かった。菱神さんもよろしいですか?」

「も、も、も、もちろんです。お断りする理由が見つかりません」


 震える声で大和は答えたが、未だに信じられない。ビリビリロックフェスに続いてこんなことまで。


 ――あ、ビリビリロックフェスと言えば久保さん。


 大和は気づいた。これから大きなステージで実績を積めるダイヤモンドハーレムなのでこのオファーか。もちろん楽曲への評価も本物だろうが。


 この後梶原からの説明は続き、来月からの放送開始に向けてオープニング映像の撮影が再来週あるそうだ。それにダイヤモンドハーレムも演奏で参加してほしいとのことだった。宿泊費と交通費はドラマ制作会社が負担する。

 そして更に、そのオープニング映像をもとにドラマ制作スタッフがミュージックビデオの撮影編集まで買って出るとのことだ。これは出演料とタイアップ料がミュージックビデオの制作費と相殺される商談であった。

 タイアップは抜群の宣伝効果があるためバンド側は全会一致でこれを承諾した。

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