第十五章
第三十九楽曲 進化
進化のプロローグは大和が語る
2年生の終業式を終えて制服姿でゴッドロックカフェに集まったのは、僕がプロデュースする4人の軽音女子。彼女たちはこの春、高校3年生になる。
加えて僕の従妹の杏里もいる。凛とした表情の杏里はハイネックのセーターが模るそのプロポーションが美しい。ホールの円卓に胸を乗せるような体勢でその杏里がミーティングの開始を告げる。
「じゃ、始めるわよ」
『はーい』
返事をするのはメンバー4人だ。先ほどこの6人で昼食も済ませて、腹も満たされたことで元気なようだ。もちろん、食事代は僕が全額負担したのだが……。
「まずは大和。言うことあるでしょ?」
徐に杏里がそんなことを言う。穏やかながらも真剣な表情で話を聞こうとするメンバーを見て、僕は1つ咳払いをしてから言った。
「まずは皆、集中特訓お疲れ様。古都、10曲もよく作ったね」
「えへへ。大和さんのおかげだよ」
はにかんだ古都。彼女は綺麗なミディアムヘアーを真っ直ぐ流し、つぶらな瞳を今は細めている。とにかく容姿が良く美少女で、加えてキーの高い地声も歌声も綺麗だ。それはどれだけ聞いていても飽きない。
2年生の学園祭後、古都は4カ月僕の創作活動に付き合った。それはアルバイト、日頃の練習、増えたライブ活動、そして学業、これらを一切疎かにしなかったので感服に値する。更に創作でギターに触り続けていたため、演奏技術も格段に伸びた。
「美和はもう僕のギターの腕を完全に追い越しちゃったね」
「恐れ多いです」
謙遜を口にしながらも嬉しそうに微笑む美和。どこか大人びて見える彼女だが、笑うと年相応で可愛らしい。しばらく髪を伸ばしていたのだが、最近整えたショートカットはやはり美和のイメージだ。髪が長かった時も美人だったのだが、ショートカットが似合う女の子はどんな髪型をしても似合うんだなと感心する。
今やギターの腕は驚くほどで、国内探してもこれほど弾ける高校生はそういないのではないかと思う。講師に就いた響輝から幾つかエフェクターも譲ってもらったようで、音色も多彩になった。
「唯は特訓しながら僕と古都の創作に付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそご指導ありがとうございます」
お礼を返してくれた唯は長い黒髪が綺麗な和風美人だ。しかし長かった前髪は眉の上で切ったのでどこか幼くなった。けどそれが良く似合っていて、可愛さと綺麗さを兼ね備えてどんどん魅力が増す。
唯は僕と古都の創作活動に付き合いながら、僕からのベースの指導を受けた。ベースの腕が伸びたのはもちろんのこと、創作に付き合ったことで元々弾ける鍵盤楽器との相乗効果でアレンジ力もより伸ばし、今では僕が唯に相談をすることもあるくらいだ。
「希は今や弾き語りもできるから感心した」
「ふふん。当然よ」
得意げに薄く笑みを浮かべる希。童顔でセミロングの彼女は、初めて会った頃から外見の印象はあまり変わらない。それでもバンド結成当初に比べたら表情が増えたからそれが嬉しいし、笑った時の顔なんかは心を掴む。
そして歌声がアニメ声で可愛らしいから驚いた。尤も彼女にステージで歌う意思は更々ないようだが。あくまで演奏の幅を広げるためにギターに取り組んだので、それは総じて感性を伸ばすためだ。ドラマーとしての自分に誇りがあるようで、そのドラムの安定感は心強い。講師を続けてくれている泰雅に感謝の限りだ。
「と言うことで、集中特訓はこれまでにしてルーティンを戻し、これからはライブを並行しながら新曲の完成度を上げる練習にシフトしようと思う」
『はーい』
創作活動の中では、僕が個人的に依頼を受けている楽曲もあるわけで、僕が単独で作った曲は僕のストックとし、古都が単独で作った曲と僕との合作がダイヤモンドハーレムのストックとなった。
ダイヤモンドハーレムの新曲が目標としていた10曲に到達し、この度晴れて集中特訓は解除とした。つまりバンド結成時から慣れたルーティンに戻るわけだが、ライブは増えたままだし、彼女たちなら黙っていてもストイックに練習や創作に励むだろう。
「大和さん、ありがとうね」
いきなりそんなことを言う古都。その表情は晴れやかで達成感に包まれている。改めてそんなことを言われたことにも照れるのだが、彼女のその表情が魅力的で思わず視線を逸らす。しかしその時目が合う他のメンバー3人も晴れやかで魅力的な笑顔を向けるので、やはり直視できない。なぜだ?
ここ数カ月……そう、2年生の学園祭で彼女たちのステージを見てからこんなことがよくある。何かと落ち着かずソワソワするようになった自分が理解できない。
しかしミーティングの進行のため杏里が、そんな僕だけが落ち着かない空気を切ってくれたので助かる。
「今回完成した10曲でレコーディングをするわよ」
「うおー!」
古都が興奮したように声を張る。そう、今回集中特訓をした一番の目的、それはレコーディングだ。ここで言うレコーディングとはかなり本格的なもので、ダイヤモンドハーレムがインディーズデビューをするためである。これが彼女達の次のステップだ。
そのため今まで持っていた曲ではなく、全て新曲で商業曲として恥ずかしくないレベルのもの。その曲数を10曲と設定し、それが全て納得のいく出来で完成したわけだ。
「杏里、レコスタはもう手配したのか?」
「バッチリよ。4月の全日曜日。だから4月の日曜日はライブの予定はなし。
古都の目が輝く。今回はデモ音源を作るためのレコーディングではない。あくまでも商業販売するためのレコーディングだ。だからそれ相応のレコーディングスタジオを使い、エンジニアにも就いてもらって録る。
「それから5月7日日曜日はU-19ロックフェスの地区大会よ」
そう、今年もU-19ロックフェスにエントリーした。各店予選は今月末だが、今や彼女たちの楽曲と演奏技術なら敵なしだろう。予選でのグランプリ獲得は確実視できるし、その後の選抜も不安はない。だからGWにある地区大会もしっかり予定に組み込んでいる。
「大和さん、大和さん」
すると古都が甘い声で僕の名前を呼ぶ。こうして擦り寄ってくるのは、何かをお願いしてくる時だ。しかしうっとりするほど可愛いからつい言われる前に承諾してしまいそうになる。その言葉をグッと飲んで僕は「なに?」と答えた。今までは警戒心が先に働いて一瞬で身構えていたのに、なぜだ?
「レコーディング、11曲にしたらダメ?」
「む……」
やはり聞く前の承諾を堪えて良かった。古都の思惑が透けて見える。
「ヤマトもレコーディングして、11曲編成のアルバムにしたい」
「それはダメ」
「ぶー! レコーディングしたい!」
「ダメ」
「嫌だ! レコーディングしたい!」
何なのだ、この子は。駄々をこねる幼児そのものではないか。
古都の言う「ヤマト」は彼女が1年生の時に作った傑作曲である。未だに1年生の時の学園祭でしか披露をしたことはない。地元のみならず遠征先でもチケットノルマをクリアするのが当たり前になってきた彼女たちだが、結局総合的には無名の域だ。だから今はまだ出すつもりがない。
「ヤマトも発表する!」
しかし古都は引かない。かなり我儘だ。両手の拳を握ってブンブン振る様は子供っぽいのだが、古都がするとそれも絵になるからズルい。……いや、そうじゃなくて。
「まだ発表しない。今出しても埋もれるだけになるかもしれないから、勿体ない」
「じゃぁいつ出すのよ?」
「もっと知名度が上がってから」
「嫌だ! レコーディングするの!」
そう言うのなら質問なんてするなよ。杏里も他のメンバーも呆れて笑っている。しかし古都がこうなってしまっては彼女が折れるはずもないので、僕は妥協案を示す。
「じゃぁ、ヤマト以上に僕が納得できる1曲ができたらそれをストックできるから、ヤマトは収録してもいいよ」
「本当!?」
「うん。その時は今収録予定の10曲から1曲削ってヤマトを入れて、結局合計10曲にするけどいい?」
「うん! それならいい!」
無理難題である。ヤマト以上の曲がそう易々とできるとは思えない。所謂ムチャ振りと言われる意地悪な案だが、古都はかなりやる気になったようで、目が輝いている。しかしこれも1つのモチベーションだと思えば相乗効果か。
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