第三十七楽曲 第五節
古都と唯がバスケットボール部を回っている頃、美和と希はグラウンドにいた。2人は階段状のスタンドに腰かけながら、ぼうっと部活動の練習風景を眺めている。
「女の子、いないね……」
「そうね」
美和の嘆きに素っ気なく言葉を返す希。片手にはパックジュースが握られていて、時々ストローを咥える。
「まさか、陸上部の女子の練習が今日はないだなんて……」
「そうね」
「ソフトボール部までいないなんて」
「そうね。練習試合に行ってるとは予想外だったわ」
美和と希は当てもなく奥の野球部の練習を眺めたり、手前のサッカー部の練習を眺めたりしている。どちらも男子部だ。そして手前のサッカー部は2人の存在に気づいているので、一部の部員が休憩に入ったら声をかけようと画策している。これはさすがに校内で有名な美少女バンドである。
因みに、午後からグラウンドを使う部活は陸上部の男子だけである。そもそも集合して校門から校内を歩いた際に気づけただろうに、メンバー4人とも視野が狭かったようだ。
「弓道場と武道場にでも行ってみる?」
「お! 行く」
希の言葉に反応した美和は、早速ダイヤモンドハーレムのグループラインにこれからの行動を書き込み、古都と唯への周知を図った。そして腰を上げると希と一緒に弓道場へ向かった。もちろんサッカー部の部員の目論見なんて知る由もなく、彼らは呆気なく当てが外れた。
すると歩いている最中に古都からグループラインに返信があった。
『了解。バスケ部はダメだった。私たちはこれから講堂に行く。その後武道場に行くから、美和とのんは弓道場の後、テニスコートに行ってくれない?』
それを確認して納得した美和は『了解』のスタンプを送った。
講堂は普段座席が並べられておらず、バドミントン部と卓球部が練習に使っている。時々演劇部も使うが、この部は文化部なので用はない。更にこの年アシスタントのバドミントン部にも用はない。そして講堂は武道場に近いので、古都と唯が引き受けた次第だ。
弓道場の近くにはテニスコートがあって、そのテニスコートには隣接されてハンドボールコートがある。本来屋内競技のハンドボールだが、練習場所確保のため備糸高校は屋外にコートがある。ここを美和と希は任された。
「あれ? 竜口さん」
弓道場に足を踏み入れるなり、美和は袴姿の女子生徒から声をかけられた。それは昨年美和と同じクラスだった女子生徒で、顔を合わせれば挨拶をするくらいの仲だ。そもそも昨年は友達作りに苦労していた美和なので、これくらいの距離感のクラスメイトが多かった。
「お疲れ様」
「珍しいね。どうしたの?」
「うん、実はね……」
美和は目的を話した。初めてのスカウト活動である。できれば高身長の生徒がいいが、最低限標準的な身長の生徒でも問題ない。それは唯に似合いそうだと言っていたことが理由で、唯の身長は大体平均値だ。尤も唯は抜群のスタイルだからそう言われたのだが。
「そっかぁ……」
「どうかな?」
「私はちょっとパスかな。校内にカレシがいるから」
「あ、そうだったね」
と言いつつも、カレシに普段とは違う姿をアピールできるチャンスではないだろうかと思う美和。しかし学園祭を一緒に回るつもりなのかもしれないと、すぐに考えを改めた。
「ちょっと待っててね」
するとその女子生徒は弓道場の奥に消えた。下足場で靴を脱がずに待つ美和と希。練習中なのであまりお邪魔しても悪いと遠慮している。とは言えその遠慮は美和だけで、希は相変わらず事も無げにパックジュースのストローを咥えていた。見る人が見ればお願いをしに来ておいて、失礼な態度だと怒られそうなものである。
すると美和の元クラスメイトの女子生徒は、別の袴姿の女子生徒を連れて戻って来た。
「この子1年なんだけど、どう?」
紹介された女子生徒は顔を俯けているのではっきりとは確認できないが、整っている印象だ。その紹介のされ方から既に美和と希の目的は聞いているのだろう。身長は高い方だと思う。特に練習中の今は裸足だから、足元を見てそれは確信に変わる。
モデルにピッタリだと思う彼女を見て美和は表情を明るくさせた。そしてスカウト文句を口にしようとした……のだが。
「先輩。やっぱり私、無理です」
1年生の女子生徒は慌てた様子でそう言うと、顔を俯けたまま奥へ足早に消えた。スカウトを口にする前に振られてしまって、開いた口の持っていき場がない美和。そのまま視線を元クラスメイトに向けた。
「あはは。ごめんね」
元クラスメイトは苦笑いだ。そして美和もその開けた口の形を変えて苦笑いだ。
「気にしないで」
「本当にごめんね。けど、うちの部だと他に心当たりはないな」
「そっかぁ。練習の邪魔しちゃってごめんね」
「ううん。他の部も回るの?」
「うん。これからテニス部とハンドボール部。古都と唯が武道場と講堂を回ってくれる」
「へー。そう言えばテニス部の女子の練習は午後からって聞いたよ?」
「え? そうなの?」
「うん」
がっくりと肩を落とす美和。残るはハンドボール部だけである。すると元クラスメイトが言った。
「ダンスサークルは行ってみた?」
「ダンスサークル?」
首を傾げる美和。この高校にそんな部活があったのかと一瞬疑問符が浮かんだが、サークルと言うくらいだから正式な部活ではないのかもしれない。
「いつも中庭で練習してるよ」
「あー! そう言えば!」
5~6人ほどの女子のそんな集団を確かに見かけたことがあったなと美和は思い出す。しかし懸念も同時に浮かんだ。
「ダンスサークルって学園祭ではステージ発表しないの?」
「確実じゃないみたい。顧問の先生がいない正式な部活じゃないから抽選の有志発表なんだって。それに部活だとしても一応運動部の位置づけみたいだよ」
体育でもダンスの選択科目はあるので運動部だと言われて納得はできる。それに学園祭とは言え、趣旨は文化祭だから文化部が優先だ。それでも校内で発表の場が約束されていないダンスサークルは何とも不憫なサークルである。
しかしだからこそ、人前に立ちたいサークルメンバーがいるのではないかと美和は思い、彼女たちのスカウトに前向きになった。
「ありがとう。行ってみる」
「うん。力になれなくてごめんね」
「全然だよ。いい情報もらって助かった」
そう言って美和は希を連れて弓道場を後にした。昨年もこれほど気兼ねなくクラスメイトと話せていたら苦労はしなかっただろうと思うが、ただ考えても仕方のないことなので考えるのを止めた。
そして正午も近くなった頃、ダイヤモンドハーレムの4人は合流した。
「どうだった?」
「全然ダメ」
美和の回答に肩を落とす古都。そして同様の進捗を口にするのだ。
「そっか。こっちも」
古都と唯は、バスケットボール部、柔道部、剣道部、卓球部と回ったが全滅であった。美和と希は弓道部とハンドボール部を回ったが、やはり全滅であった。午後はバレーボール部とテニス部の練習があるので、その2つを手分けして回る予定だ。
「最悪、強引に引っ張り込めばいい」
「だよね! のん! 回りくどくって性に合わなかったんだよ」
「止めてよ、2人とも」
すかさず制するのは美和だ。放っておいたら本当にこの2人はそんなことをしでかしそうである。それこそ、ダイヤモンドハーレムのメンバーを集めた時みたいに。
「けどね、いい情報ももらったよ」
「何?」
美和の言葉に首を傾げる古都。少しばかり美和は得意げな表情になった。
「中庭で練習してるダンスサークル」
「おー! そう言えば、あった」
古都の表情がぱっと明るくなった。しかもそんな話をしながら歩を進めていたのは中庭の方向である。すると徐々に明るい音楽が聞こえてきた。
「これはもしや?」
「そう、ダンスサークルだよ」
「うおー! 行こう! 行こう!」
古都の足取りは軽くなり、スカートを靡かせて進んだ。やがて他の3人を引き連れて古都は勢いよく中庭に姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます