第二十六楽曲 第四節

 ホールの客席は疎らに空席もあるものの、多くの人で埋まった。ざっと見る限り、審査員以外で泉の他は業界関係者がいないと大和は思った。大和の隣では古都が更に隣の唯に弾丸トークを仕掛けている。

 反対の隣は美和で、その奥には希がいる。昨晩の寝床の取り合いで負けたメンバーが今回は大和の隣の席なのだと、またも大和にとっては理解のできない理屈でこの並びだ。結局地区大会の時と大和の両側のメンバーが同じである。ただ、美和と希は古都みたいにうるさくはない。


「聞いてる? 大和さん」

「え? あ、うん。何だっけ?」

「もうっ!」


 弾丸トークは大和にも向けられていたようだ。しかし実は、大和の脳内は門倉から浴びせられた言葉が周回している。大和は心ここにあらずで、ダイヤモンドハーレムの足を確実に引っ張ったことに絶望していた。尤もまだ始まってもいないし、公正な審査をされたところで受賞が叶うかはわからない。しかし大和のショックは大きい。

 着替えを終えたメンバーが座席に合流してから、大和の悩みの種の門倉は一度席を立ってホールの外に出た。その時向けた笑みは相変わらず嫌味で、大和は強張った表情で軽く頭を下げることしかできなかった。


「だからぁ。今日のオリジナル曲の受賞バンドは、動画サイトの専用チャンネルにステージ映像をアップしてくれるんだって」

「へ、へぇ。そうなんだな」


 古都の言葉に何とか感情を表には出さない大和ではあるが、内心では大きくため息を吐いている。心なしか胃がキリキリ痛み始めたようにも思う。すると。


「動画が上がれば応援してくれたカフェの常連さん達にも見てもらえるね」


 古都が期待をこめて言うので、その言葉で大和の気持ちは更に沈んだ。

 大和もダイヤモンドハーレムもかなり世話になっているゴッドロックカフェの常連客。粋な計らいを見せてこのツアーに送り出してくれた。それなのにその彼らの期待を裏切る結果が待っている。


 それから店に残ってくれた杏里。更にはダイヤモンドハーレムに対する大和の活動に協力的な響輝と泰雅だ。彼らの気持ちはどうだろう? 悲しむに決まっている。責任を感じるに決まっている。

 ずっと我慢してメンバーに対して顔を上げていたが、地元にいるみんなのことを考えると、悔しくて、悔しくて、大和はもう顔を伏せてしまいそうだ。その時だった。


「ほい。大和」


 その言葉と共に大和と古都の顔の間に手帳から切り離されたメモ紙が割り込む。その手はすぐ後ろに席を確保した泉から伸びていた。泉は座席に戻って来たばかりである。


「何これ?」

「押さえた全国の練習スタジオの時間と場所」

「え?」


 メモを見ながら顔だけ泉に向けていた大和だが、驚いて体も後ろに捻った。まだ本番も始まっておらず、もちろん条件の受賞も決まっていない。大和は泉が門倉との話に聞き耳を立てていたことを知らないので、気が早いのではないかと思った。


「今、予約だけは先に取ったよ。早くしないといつ埋まるかわからないから。受賞できなかったら全部キャンセルだけど」


 悪戯に笑う泉を見て思わず大和の目頭が熱くなる。それは感動ではない。むしろ罪悪感だ。込み上げてくるものが胸を苦しめる。受賞は叶わない。もう決定事項だ。それなのに泉が期待して既に動いてくれた。申し訳なくて居た堪れない。

 すると眉をハの字にした大和を見て、泉が大和の耳に口を寄せる。


「大丈夫。ちゃんと彼女たちを信じな」


 その吐息にゾクゾクと感じる間もなく大和は目を見開いた。どういう意味だろうか? 泉はダイヤモンドハーレムが落とされることだけは確定したこの八百長を知っているのだろうか? そう言えば、門倉と話をした時も泉は今と同じ位置にいた。ここでやっと大和は、泉が事情を知っているのかもしれないと思った。

 しかしだ。泉が事情を知ったところで八百長は回避のしようがない。それは泉と門倉の関係を考えれば明確だ。


 泉は新人を発掘するスカウトである。門倉のインディーズバンドの記事は頼りにしているだろうし、泉がこれから売り出していく知名度の低い新人メジャーアーティストは門倉に記事を書いてほしいはずだ。雑誌が売れるような大物アーティストでも担当に抱えていない限り、泉の方こそ頭を下げる場面が多い。

 もちろんジャパニカンミュージックは大手だから大物アーティストはいる。しかしまだ歴の浅い泉だから、担当にそれらしきアーティストの名前を大和は聞いたことがなかった。それなのに泉は尚も言うのだ。


「大丈夫だから」


 この時は大和から顔を離し標準的な声量で言った。そして大和の肩をポンと叩いた。門倉に叩かれた時とは種類が全く違う、安心を与えようとする温かさだった。


「ちょっと!」


 すかさず鋭い視線を向けるのは古都だ。もちろん泉に向けた視線であり、他のメンバーも似たようなものだ。耳打ちの内容が聞こえていない古都に対して、泉はどこか楽しそうに笑って反応する。


「何? KOTOちゃん」

「くっつきすぎです。スタジオの件は本当にありがたくて感謝の極みですけど、大和さんを渡すとまでは言ってませんよ?」

「あはは。大和すっごい愛されてるじゃん。それこそやっぱり全員から」

「ま、まぁ。僕自身、可愛がってはいるし、確かに指導者として慕ってもらってる自負はあるから幸せ者だよ」

「ぶーっ!」


 とうとう吹き出し、腹を抱えて笑う泉。指導者として――その言葉にメンバーは皆大げさに頭を抱えた。これは苦労するなと泉はメンバーを憐れんだ。もちろん大和は泉とメンバーの反応の意味がわかっていない。


 するとその時、ホールに門倉が戻って来た。また嫌味な笑みを向けられるかもしれないと身構えた大和だが、なんと肩透かしを食らった。門倉は自分のいる集団に目もくれず、審査員席まで下りた。どこか唖然ともする大和だが、しかし門倉に言われた言葉は未だ重くのしかかる。

 杏里と響輝と泰雅にはなんと説明をしたらいいものか。もちろんメンバーや常連客にも。黙っていればわからない。もしかしたら泉は聞いていたのかもしれないが、他に知っている人物はいない。しかしこれほど心苦しくて黙っていることなどできるだろうか。せっかく泉からプラス要因の情報をもらったのに、結局は突き落とされる。


 大和がそんなことばかりを考えていると、やがて開演の時間となりホールの照明が落とされた。緞帳が下りたままのステージにスポットライトが当たる。その緞帳の中から緞帳の前に司会の男女2人が出てきて、スポットライトはその2人に向いた。


『ようこそー! U-19ロックフェス全国大会へ!』


 どこか他国のイントネーションを含んだ男の司会がマイクで声を張ると、大きな拍手が起こった。いよいよ始まったことで、古都は目を輝かせて力いっぱい手を叩いている。

 まずは司会の2人が自己紹介をした。その時にFMラジオ局のDJであると挨拶をしたので、大和はそのイントネーションに納得した。そんなことを思いながらも、やはり大和の気持ちは沈んだままだ。


 そして緞帳が上がる。するとステージから顔を出した機材の数々。アンプ、スピーカー、キーボード、ドラムセット。2台のギターアンプはどちらもマーシャルでベースアンプはアンペグだ。主催者が楽器店やライブハウスなどの連合のためいい機材を揃えている。

 更にはステージの背面に提げられた横断幕。このフェスのロゴがでかでかと表記されていた。箱もステージも広いこのホールはさすがに地区大会までより気合いの入り様が違う。


 やがて女の司会が段取りの指示を始めた。


『それでは、1番目のバンドと2番目のバンドは今からステージ袖に移動して下さい。3番目のバンドは控室に移動して下さい。4番目のバンドは1番目のバンドの演奏が終わったら控室に移動して下さい。以降、1組終わる毎にこの流れで移動をお願いします』


 こうして始まった全国大会。出番が5番目のダイヤモンドハーレムはメンバー皆緊張しながらも、やる気に満ちた視線をステージに向けた。

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