第七章

第十七楽曲 聖夜

聖夜のプロローグは大和が語る

 恥ずかしながら一度手を引いたダイヤモンドハーレムのプロデューサーに僕は戻った。プロとして、1人の音楽家として、学園祭のあのステージを見せられて騒いだ血を抑えることはできなかった。


 そして反響が大きい。学園祭後に決まった学園祭の経緯とは関係のないステージ。イベント式のステージであるが、そのダイヤモンドハーレムに割り当てられたチケットが、店の常連客と備糸高校の生徒を中心に全て売れてしまった。学園祭のダイヤモンドハーレムのステージは、彼女達の1つの伝説になったのではないかとさえ思う。

 それはSNSで拡散され、バンドのホームページやブログに学校外からの問い合わせもあるほどだ。特に2曲目は何という曲なのかという問い合わせが多い。そう、古都が作詞作曲をして、僕が温めていた傑作曲だ。


 僕は学園祭のステージでそれにダメ出しをしたわけで、昨晩は明け方までかけてその編曲アレンジをしていた。そして完成した。

 しかしやっぱりまだステージで発表をする気はない。インディーズデビューもまだのバンドだから、SNSで拡散されたとは言えつまりアーティストとして無名であり、宣伝効果があまりにも期待できないのだ。せっかくの傑作なのだから、多くの人に聴いてもらえる環境が整ってから出したい。


 そして学園祭から時間が流れ、既に12月。明け方まで創作に励んでいた僕は、リビングで今シーズンのデビューを果たしたこたつの中で眠った。


「はろ~」


 その声に僕はゆっくりと目を開ける。僕1人しかいないはずの自宅。玄関やリビングのドアが開く音も夢の中には届かなかった。僕は唯一届いたその耳に慣れた女声で目を覚ました。


「ちょっと。こたつで寝るなんて不健康。もうお昼過ぎてるよ」

「うぅん……、明け方までアレンジしてたんだよ……」


 唸るように答えると僕はスマートフォンを手繰り寄せ、時刻を確認した。確かにもう正午過ぎである。


「アレンジって完成させたの?」

「うん、まぁ……」

「わぁ、それは楽しみ! また聴かせてね」


 どの曲か言わなくても彼女が理解しているのは、ここ最近僕がその曲に集中していたことを知っているからだ。僕は体を起こすと彼女、従妹の杏里を見据えた。杏里はハイネックの赤いセーターに真っ白なコートを着ていた。下は厚手のミニスカートで、すらっとした脚は黒タイツに包まれている。どう見ても余所行きの格好だ。


「大和、それより今日は買い物に連れてって」

「はぁあ?」


 なんだか面倒臭い打診だ。杏里は甘えるように僕の隣に膝を落として僕の腕を抱えてくる。兄妹のように育ってきた僕達の距離感は、成人した今でも変わらない。尤も、互いに一人っ子だから兄妹のように育ってきたのも無理はなく、そもそも寝ている僕の部屋に入れたのも、夏の居候以来彼女が僕の自宅の合鍵を持っているからだ。

 僕の肩に頬を寄せて笑顔の杏里は言う。


「お爺ちゃんから送ってきたからお裾分け」


 そう言って杏里が掲げたのはビニール袋いっぱいのみかんだ。杏里の言うお爺ちゃんとは、杏里の父方の祖父のことで、母方の祖父は僕の父方の祖父と同じなので、つまりゴッドロックカフェの初代店主だから既に他界している。


「ありがとう」


 僕は杏里の手土産をありがたく受け取るとこたつの上に置いた。そして体を倒そうとしたのだが、すぐに腕を引っ張られる。


「ちょ、ちょい! 買い物」

「えぇ~」

「か・い・も・の」


 有無を言わせない膨れた表情の杏里。もうこうなっては彼女が引くはずもなく、僕は渋々こたつから出た。室内にいながら、訪れた冬の寒さに身震いする。


 やがて身支度を済ませた僕は車で杏里と一緒に外に出る。行き先は高速道路を使って30分ほどの隣県にある独立した巨大アウトレットモールなのだが、その前に腹ごしらえだ。僕と杏里は高速道路に入る前に、備糸市内のレストランに入った。


「買い物って、何を買うんだよ?」

「クリスマスプレゼントに決まってんじゃん」


 それが然も当然のように答える杏里だが、なぜ決まっているのだと内心で反論する僕。とは言え、確かに街中がクリスマスムードに包まれているのは、自宅からここまでのたった数分の道中でも確認したし、店内もクリスマスソングがBGMだ。それを思うと、言っていることはわかる。


「プレゼントって、誰か渡すような人いるのかよ?」

「なっ! 失礼な。そんなの決まってるじゃない」


 うん、響輝だよね。不躾な質問をしたことに反省をしよう。と言うかそもそも、僕の自宅に登場してから、なんとなく響輝絡みで来たことは察していたのだが。なぜならいつもの凛とした杏里ではなく、しおらしい感じの杏里だから。彼女がこういう雰囲気を纏うのは響輝のことを考えている時だ。


「別に僕じゃなくたって、学校の友達でも誘えばいいじゃん」

「それはそうなんだけど、ちゃんと理由があるのよ」

「理由?」

「大和はあたしが連れ出さないとクリスマスプレゼントなんて用意しないでしょ?」

「そもそも僕に渡すような相手はいないよ」

「いるじゃない。目の前に」

「……」


 要求された。兄妹同然に育ってきた従妹の杏里から。僕はすぐに目を逸らし手元のミートパスタに手を伸ばす。空腹ではあったが、まだ寝起きだからあまり重いもの食べられない。杏里の手元にあるステーキ定食を見るとちょっと気が重くなる。


「無視するな」

「……」

「大和お兄ちゃん」

「う……」


 ここでそれは卑怯だ。僕が中学に上がる頃には生意気にも呼び捨てで呼ぶようになったくせに、こんな時だけキラキラした口調で幼少期の呼び方を口にするなんて。恋愛感情はなくても杏里が美人なのは認めているし、そんな杏里から「お兄ちゃん」なんて言われたら僕は弱い。うん、今ならシスコンの勝さんの気持ちが少しだけわかる。


「わかったよ。その代わりあんまり高いのは無理だぞ」

「いえーい」


 ご機嫌で料理を口に運ぶ杏里。まぁ、可愛い従妹だ。学生と社会人という立場の差もあるし、少しは貢いでやろうと思う。


「まぁ、大和にとってあたしはおまけなんだけどね」

「おまけ?」


 咀嚼をしてから言う杏里の言葉に、鸚鵡返しで質問をする僕。杏里がおまけなら他に誰がいると言うのか。


「ちゃんとメンバーに用意してあげなよ?」

「メンバーに?」

「そうよ。それこそクリスマスパーティーでも開いてあげたら更に喜ぶと思うよ?」


 杏里が言うメンバーとはダイヤモンドハーレムのことだとすぐにわかったが、なぜ僕がわざわざそんなことを……? 確かにとても濃い関係ではあるが、友達でもなければましてや恋人でもない。メンバーだってクリスマスは同世代の友達や男子と過ごす方が楽しいのではないだろうか。そう言えば、誰も彼氏とかいないのかな?


「せっかく昼間のライブ入ったんだから、その後とかにさ」

「あ、そうだった……」


 迂闊にも失念していた。イベント式のライブはクリスマスライブだ。冬休みに入ったばかりの日曜日、イブの日の昼間だ。ブラックベアーというバンドの自主企画のイベントで、県内政令指定都市の大通り公園でやる。その屋外ライブに呼んでもらったのだ。夕方には終わるから夜はスケジュールが空くのか。


「夜のスケジュールは皆空けてるのかなぁ?」

「そんなの大和から聞きなさいよ。その方がメンバーも喜ぶから」

「なんでだよ?」

「そりゃ、聞いたら誘うしかないし、誘ったらそれこそメンバーは喜ぶでしょ」


 なぜだ? 僕は首を傾げるが、杏里はジト目を僕に向けて「本当鈍いなぁ」なんて言う。よくわからんが、とにかく杏里の言うとおりに動いてみようか。活発な方ではない僕だからちょっと億劫にも感じるが。


「だから今から2人揃ってプレゼントのお買い物」

「あ、そういうこと。……ん? 僕だけ5人分じゃん」


 一瞬納得してしまったが、経済負担が思いの外大きいことに気づいて目を丸くする。しかし杏里はまたジト目を向けてくる。


「何ケチ臭いこと言ってんのよ、高収入のくせに」

「は? 僕が?」

「うわ~、惚けちゃってヤな奴。あたし知ってんのよ? メンバーが寄り付いてから店の売上げはいいし、何より大和がジャパニカンミュージックから依頼を受けて世に出した曲の売上げがいいことも。ぼちぼち印税が入り始めた頃でしょ? もう1年くらいしたらカラオケ印税とかもがっぽり入るじゃん。このご時世インセティブだなんて生意気な」

「……」


 即視線を外した僕は食事を進めた。そもそも当時はジャパニカンミュージックが慎重で、だから買い取りではなく印税契約になっただけの話だ。しかし曲の売上げまでしっかりチェックしているとは、やはり杏里は杏里だ。

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