第十六楽曲 第九節

 生徒指導室で横一列に並んで座るダイヤモンドハーレムのメンバー。縮こまって複数の教師に囲まれている。尤も、古都と希は随分と開き直っているので、この2人が縮こまっているのは演技だ。


「今日のはどういうことだ!」


 すると一人の男性教師が机を叩いて怒鳴った。先ほど体育館で怒鳴った体育教師で、ガタイが良く、生活指導担当である。机を叩いた音で唯はビクッと肩を震わせる。


「停学ものだぞ!」

「は!? 停学!?」


 その言葉にピリッとして古都が聞き返した。美和は内心で嘆息し、唯は更に怯える。


「当たり前だろ! 今からここで話を聞いてお前たちの処分を職員会議にかけるんだよ!」

「いやいや、停学はさすがに厳しくないですか?」

「少なくとも奥武だけは無理だ。一回反省文を書いてるからな」

「いや、あれは私を庇ってのことで……」


 そんな話の中、続々と入ってくる教師たち。4人の各担任も揃った。


「学園祭はお祭りなんだから少しくらいいいじゃないですか?」

「お前、本気で言ってんのか? お前たちは実行委員の仕事を妨害してステージをジャックしただけでなく、この学校の不名誉な卒業生の名前も出したんだよ!」

「なんで大和さんと響輝さんと杏里さんが不名誉なんですか! 私達にとっては潔白で真っ白で大事な先輩たちです」

「そんな言い分が通るか! お前たちの生活態度だって進路にも響くんだぞ!」

「それならお気になさらず。私達の進路は決まってます。何せ、メジャーデビューを目指してますので」


 古都はしれっと言葉を返すが、その実、話は平行線である。教師は皆一様に呆れた表情を浮かべる。するとそこへ希が口を挟んだ。


「論点ずれてますよ」

「は? 何だと?」


 生活指導の教師が怒りを覗かせる。突然の希の発言に虚を突かれた他のメンバーは、本当にモンスターペアレント勝を出動させるつもりかと心配になる。しかし、話題の方向性が違う様な気もしている。


「私達がステージをジャックしてまで上がったのがマズいのは、卒業生は関係なくて、夏休みのトラブルが原因ですよね? それが推薦を通してもらえなかった原因ですよね?」


 この場にいる全員が「確かに」と納得する。学校が元クラウディソニックを嫌っているのはあくまで「暗に」なので、体裁を気にしているだけだ。大和と響輝と杏里に罪がないことはちゃんと知っている。

 しかし生活指導の教師は揚げ足を取るように言葉を返す。その表情は嫌味に笑っているので、希は怒りを覚える。


「ちゃんとマズいことをしたってわかってんじゃないか」

「私達が被害者だって証明できなければ……ですよね?」

「どういうことだ?」


 その質問に希がブレザーのポケットから出動させたのは、モンスターではなく1つのUSBメモリだった。それを差し出して説明をする。


「路上ライブで巻き込まれたトラブルですが、私達は一方的に被害者です。それを通りすがりの人が助けてくれたんです。ここにその時野次馬が撮った映像が入ってます。確認してください」


 それを聞いてざわつき出す教職員たち。一人の教師が急いで職員室にノートパソコンを取りに行った。そんな動画があったのかと希以外のメンバーも目を丸くする。希は続ける。


「潔白者でしかも元々推薦をしてもらってた私達だから、今日のステージを譲ってもらったことは正当なはずです。あるとすれば実行委員に伝えてなくて迷惑をかけたことですけど、それは停学や反省文を書くほどのことではないし、私達も譲った生徒もその分の注意だけは素直に受けます」


 2日前。学園祭前最後となった泰雅からのドラム指導。希はそれを受けて泰雅と一緒に楽器店のスタジオを出た。この街で周囲を気にする泰雅は、練習を終えるといつもこの店で解散し、すぐに帰りたがる。希はそれに合わせていた。しかしこの日は店内で呼び止められた。


「あのさ、本当はもう少し早く入手できれば推薦も流れなかったんだろうけど、これ」

「ん?」


 泰雅が差し出したのはUSBメモリだ。なんと泰雅は、古都が押し掛けて来た日に学園祭の推薦が流れたことを知って、周辺の取り巻きを使い、夏休みのトラブル当日の目撃者を捜していたのである。それを希に説明した。


「推薦には間に合わなかったけど、ついこないだ仲間があの時の目撃者を見つけてくれてさ。しかもそれが野次馬で動画を録ってたって言うから、データをコピーさせてもらった」


 ここで希の目が見開く。既に推薦は流れてしまったが、自分たちが潔白であることの証拠になる。しかし希はもう一つ気づいてすぐに表情を曇らせた。それを察して泰雅が言う。


「あぁ、俺のことは気にするな。在学ももう5年前のことだから、しっかり俺の顔を覚えてる教師も少ないだろうし。それにその動画を確認してみたけど、遠目だから俺の顔がはっきり映ってるわけでもない。在校生のお前らは教師も風貌からわかるだろうから、潔白の証拠になると思うぞ。俺のことは知らない通りすがりの人で通せよ」


 転勤が多い公立の学校であることは救いなのかもしれない。泰雅に気付く教師も少ないだろう。希はそのUSBメモリを握りしめて言った。


「泰雅さん、ありがとう」

「あぁ」


 泰雅は照れたように頭を掻いた。いつもなら練習が終わってすぐに解散するが、この日は呼び止められた。このUSBをもらうために。しかしそのUSBを受け取っても尚、泰雅は店の外に出ようとしない。希は首を傾げた。


「どうしたの? 泰雅さん」

「あぁ、あのな。もし必要ないならいいんだけどさ。明後日で今回の目的の学園祭は終わるだろ? もし良かったらこれからも週1回、こうして一緒にドラム叩かないか?」

「え?」

「俺さ、バンドを組むことはもうないんだけど、やっぱりこうしてロックに触れるのは楽しいし、それを誰かと共有して一緒にやれるのはいいもんだなと思って」


 まさか泰雅の方からそんな打診が来るとは思っていなかった希。意外だった。


「あ、いや、すまん。大和のこともあるし、迷惑だよな」

「ううん。そんなことない。助かる」

「本当か?」

「是非、お願いします」


 希は満面の笑みで答えた。泰雅が初めて見る希の笑顔だ。希に対して普段は無口な印象を持っていたが、童顔で可愛らしいとも思っていたその少女の無垢な笑顔は、泰雅にとってとても眩しかった。


「へぇ、そんなことがあったんだ」


 生徒指導室を出た古都が希の話を聞いて納得する。泰雅に渡されたUSBメモリに入っていた動画で、晴れてダイヤモンドハーレムの潔白は証明された。そしてステージジャックをしたことによる厳重注意のみで、生徒指導室から解放されたのである。


「USBをもらったのが一昨日の夕方。昨日の時点でこれを学校に届けたところで、ステージを譲ってもらったことを実行委員に伝えても急過ぎて対応できないと思った。だからステージジャックは決行した」

「そっか、それで事後で出したわけだね」


 ただ、動画を見て長勢教諭だけは泰雅が映っていることに気づいた。しかし、一切そのことを口にすることはなかった。これはメンバーも知るところではない。


「のんちゃん、本当に勝さん出動させるかと思って冷や冷やしたよ」

「あれは言ってみただけよ。お兄ちゃんがこの問題に役に立つわけないじゃない」


 確かに……と納得するメンバー。じゃぁ、あの時の発言を何故あれほど自信満々に言えるのかとも思うが、これが奥武希おくたけ・のぞみである。


「ま、どうしても状況が改善されなければ賑やかし程度に校門から引っ張って来たかもね」


 その言葉を聞いてクスクスと笑うメンバー。しかし……。


「あ!」


 美和が思い出した。


「そうじゃん! 勝さんが校門で待ってんじゃん! 早く機材返しに行ってもらわなきゃ。生活指導なんて受けてたから、呼んだ時間を大幅に過ぎちゃったよ!」

「あわわわわ、本当だ」


 一気に唯が恐縮する。楽器と機材はローディーと野球部が体育館の外に運んでくれている。メンバーは急ぎ足で体育館に向かった。


 こうして慌ただしい学園祭はなんとか済んで、やがて機材を片付けたダイヤモンドハーレムのメンバー4人は、軽音楽部の元部室で一息吐いた。そこで唯が言う。


「そう言えば古都ちゃん。大和さんも復帰してくれることになって今更なんだけど、この部屋に楽器を置かせてもらえれば、学校に楽器を持ち込んで、そのまま放課後の練習に行けたんじゃない?」

「あぁ、それは前に長勢先生からダメだって言われた」


 茜色に照らされた元部室で、古都は椅子にどっと背中を預けて答えた。その話題に興味を示した美和が質問を引き継ぐ。


「なんで?」

「私のギターのネックが折られたことで、責任は持てないって。いくら鍵を掛けたところで何が起こるかわからないし、もうここは部室じゃないから物は保管できないって」

「なるほどね。確かに部室じゃないね」

「私達の溜まり場よ」


 希がそんなことを言うので皆クスクスと笑う。するとお祭り女の古都が後夜祭のことに話題を転換した。この後の後夜祭はこの4人で一緒に過ごそうという話だ。その話が決まってメンバーは、少しの休憩を挟んでから各々の教室に通学鞄を取りに行くため、元部室を後にした。

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