第四章

第十楽曲 持込

持込のプロローグは大和が語る

 もう認めよう。僕はなんだかんで燃えている。挫折を味わってまだ半年だがこの感覚は凄く久しぶりな気もする。やっぱり目標を掲げることはいい。そういうティーンズの夢に付き合うこともいい。僕にもそんな時代があった。


 しかしやはり大人の目として外せないことがある。彼女達ティーンズはまだ高校生だ。そう、学生なのである。本分を疎かにしてまで夢を追いかけてはいけない。それを正すのが大人である僕の役目だ。尤も、大人になってまだそれほどの時は経過していないが。

 とは言え、今や彼女たちのプロデュースは僕にとって生活の一部であり、生き甲斐にもなりつつある。自分で言っておいて活動停止になんてなったら……。凄く複雑な気持ちではあるが、僕は大人の責任感を抱いて言った。


「よし、じゃぁ成績表を出して」

「えぇぇぇぇぇ」


 一気に不満を垂れる古都。こういう時だけは絶対に目を合わせてくれない希。稀に目が合ったとしても養豚場の豚でも見るかのような残酷な目だ。


「ぶう垂れてないで、ほら。唯と美和はもう出してるから」


 そう、今日は1学期の終業式で、午後一番から僕の店に集まったダイヤモンドハーレムのメンバーは、今ホールで僕と一緒に2つの円卓を囲んでいる。学校帰りに4人で昼食は済ませたようで、その後店に来た。


 すると途端に機敏に動き出す古都と希。なんだ? どうした? 心なしか表情も明るいように感じる。


「じゃーん!」

「ん」


 すると店のホールのテーブルを叩くように勢いよく成績表を広げる古都と希。その顔はどこか自慢げであり、誇らしげだ。僕は2人の成績表をそれぞれ見た。


「うおっ!」


 思わず声が出た。古都も希もどの教科も最低限、平均点付近に点数がある。教科によっては高得点も取っている。


「どうだ! えへへ」

「ふん!」


 どや顔で言う古都と同様の表情で鼻を鳴らす希。さては冒頭の顰蹙は演技だったな。憎たらしい2人だが、実に微笑ましい。

 更に成績表をよくよく見てみると、2人とも中間テストとの合計点で赤点ラインを下回っている教科がない。希は化学がぎりぎり1点クリアという低得点ではあるが、これは期末テストで挽回したということだから評価しよう。


「のんは化学で、三角でマイナス1点だった問題を先生に詰め寄って丸の2点にしてもらったんだよ」

「……。評価しよう」


 その後視線をスライドして唯と美和の成績表も見てみるが、こちらの2人は一切問題がなく、それどころか中間テストより良くなっている。勉強会の効果が出たようだ。


「と言うことは、誰も追試と補習は――」

「ないよぉっだ!」


 元気いっぱいの笑顔で僕の言葉の先を奪った古都。思わず僕の口元も綻ぶ。これで無事夏休みが迎えられる。となると次の段階だ。


「よし、じゃぁ、これCD」

「わぁぁぁ」


 僕が焼き増したダイヤモンドハーレムの楽曲のCDをテーブルの上に置くとメンバーが一様に目を輝かせた。うん、わかるよ。僕も初めてオリジナル曲を作ってそれを形にした時は心躍ったから。

 商品音源ではないので、家電量販店に売っているCDに焼いている。だからケースは薄いし、ジャケットなんて洒落たものはなく事務的な表紙だけだ。その表紙の表にバンド名が書かれていて、内側には曲目リストとメンバーリストと連絡先が書かれているだけの物だ。それでもやはり嬉しいのだ。


「これを持ってライブハウス回ってブッキングのお願いをしてきて」

「いえっさー! 俄然気合が入るぜ!」

「結構、枚数ありますね」


 円卓に積み上げられたCDを見て美和が言う。その総数30枚だからその意見にも納得である。


「うん。1人1枚は自分の物にしていいよ。残りのCDを持ってライブハウス回ってきて」

「わかりました。それだと2人1組に分かれて回った方が効率的かな?」

「そうだね」


 美和の意見に同調したのは唯で、彼女も例外なく目を輝かせている。レコーディングの時は一番苦労して色々な葛藤があった唯だ。思うところはあるのだろう。


「どうやって分かれようか?」

「そりゃ、古都と美和、唯と希は別れるべきだろ?」


 唯がお伺いを立てるので僕が口を挟んだのだが、それに対してメンバー皆「なぜ?」という表情だ。いや、普通に考えればわかることなのだと思うが僕は説明をした。


「口下手な唯と希が一緒に動いてちゃんとアピールできるのか?」

「うぅ……」

「無理」


 唸る唯と即答する希。また古都と美和も納得の表情に変わったが僕は更に続けた。


「それに作曲者が別れた方が曲の説明を求められた時答えやすいだろ?」

「おー。なるほど。わかったよ大和さん」


 長いまつ毛を覗かせる古都が満面の笑みで答えるとリーダーらしくそのまま話を続けた。


「皆夏休みの予定は?」

「バンド優先のつもりだから、バイト以外は何でもキャンセルするよ」


 なんともまぁ、美和はストイックである。いや、美和だけでなく唯と希も同調気味だ。よくもまぁ、ここまで意思統一ができているものだ。古都が示すバンドの方向性にメンバー皆が納得をしているのだろうし、何よりバンド活動が楽しいのだろう。とても喜ばしい限りである。


「オッケー。大和さん、ライブハウスってどこにあるの?」


 古都が僕に質問を向けるので僕は一枚の紙をテーブルに置いた。この質問は想定内で、既に県内のライブハウスをピックアップしてリスト化しておいたのだ。その多くは県内の政令指定都市に所在する店ばかりだが、ごく一部県内各地域にバラついてもいる。移動距離を考慮するとこのバラつきが厄介だ。


「えっと……、エリア毎に絞って、回った方が良さそうだね。夕方からのバイトや練習までに帰って来なきゃいけないし……」


 唯が遠慮がちに言うが、それでも手際よくペンを入れエリアをまとめていく様はさすがで、その内容が実に効率的である。それを見て古都が言う。


「よし、じゃぁ早速明日から回ろう。これだと1日あれば回れるかな?」

「あ、ライブハウスは午前中開けてないとこも多いから午後の方がいいぞ?」


 僕が口を挟むと今度は唯と美和でスケジュールを組み始め、明日の金曜日から日曜日までの3日間で古都と唯のペア、美和と希のペアに別れて回ることが決まった。すると古都が僕の名前を口にした。


「ねぇ、大和さん?」

「どうした?」

「夏休み中の昼間はここのステージ使って練習しちゃダメ?」

「いいよ。僕は寝てることが多いから自主練って形なら」

「やった。皆はどう?」


 古都がメンバーに向き直ると特に不満がない様子のメンバー。本当にやる気満々だな。


「じゃぁ、夏休み中は集中練習だ」

「腱鞘炎と歌い過ぎだけは気をつけてな」

「了解!」


 僕が諭すと敬礼のポーズを取る古都。すると唯が遠慮がちに話題を転換する。


「あのね……、来週末は花火大会があるんだけど……」


 あぁ、そう言えばと思い出した。この備糸市の祭りが土曜日からあって日曜日がその花火大会だ。街の中心部にあるこの場所は正に当日は祭りの渦中である。

 昔この店は日曜定休ではなかったので、花火大会後の酔っ払いが来たり、営業そのものが祭りに巻き込まれて大変だったと祖父が言っていた。その後、日曜日の来客は思いの外少ないと感じた祖父が日曜定休にして、結果この時期、土曜日しか祭りの影響も受けなくなったと喜んでいた。


「みんなで見に行かない?」

「おー! いいね」


 元気に反応したのはもちろんお祭り女の古都で、どうやら話が遊びの方向に進みそうなので僕はここで離席した。


「ちょ! 大和さんも一緒に!」


 背中で古都の声が聞こえるが無視だ。先日コンペ形式で打診が来た編曲アレンジでも進めようと僕はバックヤードに身を入れた。


「もう……」


 去り際に古都の不満が聞こえたのだが、そのすぐ後に女子4人で、花火大会は浴衣を着ようとか張り切って話していたのも聞こえてきて、現金だなと思う。まぁ、彼女達はやっぱり若く、そういうところが可愛くもあるのだが。

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