第八楽曲 第四節
大和が響輝にスランプを吐露した翌日の日曜日。大和は未だに行き詰っていた。店のバックヤードで曲作りをした大和は、店を出て部屋で着替えると、駅に向かって歩き出した。
「はぁ……」
駅に向かう徒歩の道中、大和から何度も溜息が漏れる。時刻は昼下がり。6月も中旬にも差し掛かると梅雨入りを実感させる。今は晴れているが、最近は天気の悪い日が続いたし、明日以降の天気予報もあまり喜ばしくない。
「あれ? 大和さん?」
「ん? 古都」
備糸駅に到着した大和に声を掛けたのは私服姿の見た目麗しい御転婆娘、古都だ。周囲を見る限り一人のようだと大和は予想した。また、周囲の男達の視線が古都に集まっていることにも気がつく。
「何してんの?」
「特に何も。大和さんこそ何してんの?」
「気分転換」
「気分転換?」
鸚鵡返しに疑問を口にした古都は怪訝な表情を大和に向ける。ミニスカートに半袖のブラウスという出で立ちは美少女の容姿を際立たせ、小首を傾げるその仕草は男心をくすぐる。
「ちょっと行き詰っちゃったから、ライブハウスにでも行ってステージを――」
「一緒に行く!」
大和が言い切らないうちに同行を口にする古都。つまり大和がライブハウスに行ってステージを見ようとしていることを古都は読み取ったのだが、一瞬大和は呆気に取られたものの彼女はこういう女子だとすぐに納得し、一緒に電車に乗ったのだ。向かうは県内の政令指定都市にあるライブハウスである。
「行き詰ってるの?」
「うん、まぁ」
これは電車の中での大和と古都の会話であるが、2人は対面式の座席に並んで座っている。空いている車内ではあるものの、必要以上に古都が大和に密着するものだから周囲からはカップル以外の何ものにも見えず、大和はその周囲の羨む視線を受けている。
「曲作りだよね?」
「まぁ。先週一緒に作った曲は僕のも合わせて3曲できたんだよ」
「そうなの?」
「うん。カフェに音源のCDあるから帰りにでも渡すよ」
「やった」
大和はこの6月に作り始めた曲を既に3曲作り終えている。1曲は自身が作った曲。あとの2曲は古都と美和がそれぞれ手掛けた曲だ。
「そう言えば詞は誰が書くんだ?」
「私が書いてもいい?」
「いいよ」
「じゃぁ、私の曲と大和さんの曲は私がもらうとして、美和の曲は美和に聞いてみる」
「そうだな。
古都が作詞をすることに張り切っているのだが、大和は難しい表情をしている。隣に座る古都はそれを感じ取り心配そうに問う。
「何かうまくいってないの?」
「あぁ。依頼曲の方がね……」
大和の気が晴れない理由は吉成から依頼があった楽曲の方である。制作に取り掛かったのは依頼が来てすぐなので、それこそ古都と美和と一緒に作曲をした日よりも早く、もう2週間近くになる。しかし詞が先行しているにも関わらず未だベースすらもできていない。
「そっかぁ……。それで気分転換なんだ」
「うん。人のステージを見たら何かきっかけができるかと思って」
高架を走る電車は大和達が住んでいる街を見下ろすように車窓に映す。やがて2人は地下鉄に乗り換えると真っ暗な車窓に切り替わり、車内の照明の明るさが際立つ。
「て言うか古都、その格好でライブハウスか?」
「ん? なんで?」
「いやさ……。もしかしてライブハウス行ったことない?」
「ない」
意外であった。クラソニを追いかけていた古都なのだからライブハウスに入った経験はあるものだと思っていた大和。その不安要素を古都に説明する。
「中では押されるし、密着するし、場合によっては動くぞ?」
「むむ。それだとスカートじゃまずいか? しかも今日はキュロットタイプじゃないし」
「そういうこと」
「大和さんだけならどんだけでも見せてあげるんだけどな」
「……」
言葉に詰まる大和。古都はそれなりに本気で言っているが、大和は冗談とか揶揄われているとしか思っていない。すると古都がスマートフォンの時刻表示を見て言った。
「時間、余裕ある?」
「まぁ、多少は」
「じゃぁ、まず買い物に行こう」
古都のその一言で最初の行動が決まり、電車を降り、駅を出た2人はデパートの中に入った。向かう先は若者向けのブティックだ。地下街を歩いたので2人は一度地下鉄に乗ってからまだ屋外に出ていない。
「大和さんこれどう?」
「あのな……」
古都が試着したのは清楚で可愛いワンピース。彼女はそんな格好で密集地のライブハウスに行くつもりかと大和は憂う。尤も、古都は慕う大和と都会の商業街で一緒に買い物ができていることに興奮しているだけなのだが。つまりこれをデートだと思っている。確かに行き交う人々の目にもそう映っていて、その認識がないのは大和だけだ。
「時間無くなるぞ?」
「むむ。じゃぁ、急ぐ」
そう言うと古都は試着室のカーテンを閉め、元の服装に着替えると売り物のデニムのショートパンツを試着したまま購入した。
「それだけ?」
「うん。このまま下に穿いてれば大丈夫でしょ?」
「なるほどね」
大和は納得した。古都はミニスカートの下にショートパンツを穿いた状態で、スカートが少しでも捲れるとショートパンツの裾が顔を出す。
デパートを出ると久しぶりに屋外に出た2人は、出発時より重苦しい雲が空を覆っているのが気になった。
「もしかして降るかな?」
「ありそうだな」
2人とも傘は持っていないので、降ったらその時はコンビニで傘を買って帰ればいいかと考えた。
「て言うかさ……」
「ん?」
大和の肩に頬を寄せて返事をする古都。その距離の近さと麗しい美貌に大和は一瞬で視線を逸らした。
「近くない?」
「デートなんだからいいじゃん」
デートを口にする古都は実に楽しそうである。大和は腕に感じる古都の柔らかさに戸惑っていた。古都はデパートを出るなり、大和の腕を抱えていたのだ。つまり2人は今、腕を組んで歩いている。
「これデートなのか?」
「あったぼうよ」
よりぐっと大和の腕を引き込む古都。古都の胸の柔らかさが強くなり大和の動揺が増す。それほど豊かな胸の持ち主ではないが、薄着でここまで密着すればその感触は顕著だ。
「あれ? もしかして興奮しちゃった?」
「……」
高校生の冷やかしに対してうまく対応できない大和は見事なまでに見透かされている。完全に古都のペースで、大和は古都の掌の上だ。尤も、あながち冗談で言ってない古都にとってその意識はないのだが。
「なんならそこの派手な看板の施設でその興奮を治めてあげるよ?」
「黙れ」
珍しく乱暴な言葉を口にする大和は古都の言葉に構うことなく歩を進める。しかし古都は密着したまま付いて来るので邪念が拭えない。それどころか今しがたその邪念を余計に増大させた古都の発言が大和の調子を狂わす。
それでもなんとかライブハウスまで到着した大和。古都は相変わらずの距離であるが、大和はチケットブースで2人分のチケット代と1ドリンク分の金を支払った。
そして足を踏み入れたホール。開演前のライブハウスはざわざわとしていて、ステージ前には既に何人かが陣取っている。この日の対バンライブはこの地域でそれなりに知名度のあるバンドが出演するので、ホールの中にいるオーディエンスの数は多い。
「ほえ~。こんな感じなんだ」
「何か飲む?」
「うん」
チケット代を支払う時から大和の腕を解いた古都だが、この時は既に大和の手首を握っていた。まぁ、人が密集した場所でもあるし不自然ではないのだが。その状態で大和に付いてドリンクカウンターまで行ったのだ。
「あれ? 大和じゃん」
「あ、本間さん。お久です」
ドリンクカウンターの中から大和に声を掛けたのは半分ほどが白髪頭の中年の男で、無精ひげを蓄えている。大和に本間と呼ばれたこの男はこのライブハウスハウスの店主である。
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