第七楽曲 第二節

 当初は笑顔で聞いていた大和だが、その表情はみるみる色を無くし、とうとう口をあんぐりと開けて固まってしまった。それをなんとか動かして言葉を発する。


「えっと、だな。もう一回最初から話してくれるか?」

「だからですね……」


 カウンターの中にいる大和の正面の席に座るのは美和。その美和を挟んで両隣に機械系工場員の山田と食品加工工場で働く藤田がいる。その2人は楽しげであり、そして頼もしいと言った感じで笑っている。

 アルバイトが休みのこの日、美和は学校から自宅に帰ると夕食の用意と食事を済ませゴッドロックカフェに来ていた。そしてその席での話題がこの日の学校の昼休みにメンバーとミーティングをした内容だ。


「目先の目標は学園祭のステージです」

「それでそれで」


 美和の先を促すのは山田でビールグラスを片手に実に楽しそうな表情を浮かべている。


「そのステージの長勢先生からの推薦を取り付けるための条件が、ライブハウスでライブをしてその時にチケットノルマをクリアすること」

「それで俺達の協力が必要なんだろ?」

「申し訳ないんですが、そういうことです」

「任せな」


 そう言って胸を張るのは藤田で、彼女達の目標が頼もしいらしく、また山田同様手元にはビールグラスが置いてある。ここでやっと表情を元に戻した大和が美和に説く。


「本来チケットノルマってのは何回もステージに立つ苦労をしてやっとクリアできるものなんだぞ?」

「それはわかってるんですけど……」

「そんなケチ臭いこと言うなよ、大和。あと4カ月でそこまで知名度上げるのは難しいんだから、学園祭のステージのために協力させろよ」


 にんまり笑った山田の言葉に肩をすくめる大和。GパンにロングTシャツという出で立ちは大和のいつもの仕事中の装いで、そろそろ温かくなってきたのだし、半袖Tシャツに衣替えをしてもいいかなとも思う。


「問題はその次に出た話ですよ」

「はい、美和ちゃん、続き」


 大和がげんなりとした様子を示すので、山田が先を促す。美和は手元のレモネードを一口飲むと「ふぅ」と息を吐いた。美和はデニムのパンツにタートルニットという出で立ちで、それは若々しさを感じさせつつもシックな内装の店内に雰囲気が合っている。


「それで高校を卒業するまでにメジャーデビューすることが目標です。更にその後は日本を代表するガールズバンドに昇り詰めることが夢です。その先導を大和さんに一任します」

「はぁ……」


 カウンターの内側でシンクに両手を付き、深いため息を吐いた大和は脇にあったウーロン茶を一口飲んだ。それが喉を通ると言葉を繋いだ。


「またでっかい目標と夢を掲げたな。全員一致なのか?」

「最初は古都が一人でまくしたてたんですけど、その後グループラインで4人ともそれに付いて行くって意思統一をしました。やるからにはとことん上を目指すって」


 この日の学校の昼休みでは口をあんぐりと開けて聞いた美和と唯だが、午後の授業の休み時間に希が書き込んだグループラインのメッセージを見て意識が変わった。


『古都の目標、面白そうね。乗る』


 希に追随するように美和と唯は同じ目標を掲げる旨のメッセージを書き込んだのだ。それによって4人の意志は統一されたのである。


「メジャーデビューの目標は理解した。しかしだな、僕には店があるからその後の面倒は見られん」

「まぁ、そうですよね。だからメジャーデビューを掴み取るまでにできるだけ私達を押し上げて欲しいです」


 大和の言うその後のことは美和も理解しているようで、これは他の3人のメンバーにも言えることである。ただ、その土台を作るために今のうちに底上げをするというのがメンバー一致の大和への願いである。


「本気か?」

「はい」


 真剣に問う大和にきりっとしたその綺麗な瞳を真っ直ぐ向ける美和。両側の常連客は頼もしそうにビールを口に運ぶ。


 4人中3人がまだ初心者のガールズバンド。身の丈に合わないとも取れる目標に大和は二度目の話にして真剣に思考を巡らせる。冷静に考えればバカバカしい話だ。しかし抱くのは一点、期待だ。

 それは4人ともが楽器の練習にひた向きであり、センスを感じさせること。そしてステージに立つ女子には武器となる恵まれた容姿。何より古都の美声だ。これらが揃っていることで大和はその目標が実現可能ではないかとさえ思えてしまうのだ。


「これからのバンド指導は一切妥協しないぞ?」

「望むところです」


 メジャーデビューが頓挫したとは言え、その契約目前まで進んでいた大和の言葉には重みがある。その世界の厳しさを理解しているが故の言葉だ。そしてそれに力強く答えるのが美和である。


「これからは鬼指導にシフトチェンジするから覚悟して」

「よろしくお願いします」


 美和は大和の言葉に立ち上がると深く腰を折って頭を下げた。するとその様子を見ていた藤田が美和に問い掛けた。


「やっぱり姉御的存在は違うね。さすがバンドのリーダー」

「え? リーダーは私じゃないですよ?」


 きょとんとした様子の美和に「え?」とこれまたきょとんとした表情を向ける2人の常連客。それどころか大和まで同じ様子だ。


「リーダーは古都です」

「は!?」


 驚いて声を張ったのは大和で、これから彼女たちを指導に加えてプロデュースする大和ですら、バンドのリーダーは経験者で一番冷静な美和だと思っていたのだ。


「4人ではっきりそう話したことはないですけど、私も唯ものんも古都がリーダーだって認識を持ってます。個々ではそう話したことがあります。バンドの方向性を示せるのは彼女しかいないですから」


 確かに方向性と言われれば納得の理由である。古都の行動力は凄まじく、道筋を立てられるのは間違いなく彼女が一番長けているだろう。とは言え、楽器自体が初心者の古都がリーダーだとはこの場にいる誰しもが意外に思った。


「ま、古都ちゃんならロックだしリーダーは適任じゃない? そのうち世界まで狙うって言いそうだし」


 そう言って笑う藤田はビールグラスを口に運ぶ。


 遡ること夕方、古都は一軒のファミリーレストランの裏口を潜った。暗い無機質なバックヤードを抜けるとある控室。そのドアを開け入室するなり古都は元気に声を張った。


「こんにちは。今日からお世話になります雲雀古都です」


 中には十代くらいの男女が1人ずつと、中年の男が1人いたのだが、十代くらいの男女は古都の声に圧倒されぽかんと口を開けている。


「おはよう、雲雀君。仕事の最初の挨拶は時間に関係なく『おはようございます』だから覚えといてね」


 古都に声を掛けたのは中年の男で、この店の店長だ。やや膨らんだ下っ腹に眼鏡を掛けている。古都はこの日がアルバイトの初日で、その面接に来た時に店長とは一度会っているのだが、その時印象的だった薄くなった頭は厨房用の帽子で隠れている。


「はっ、そうでしたか。おはようございます」


 古都は挨拶を言い直すと深く腰を折った。最初が肝心と思っての元気良さで、それは間違いないのだが、この美貌と予想を超える元気良さに、十代の2人の印象には濃く残ったことだろう。この十代2人もアルバイト店員で、出勤したばかりである。


「はい、じゃぁこれユニホームだから着替えて。更衣室はそこね」


 控室内に設置された更衣室を視線で指すと、店長は古都に制服を手渡した。それはフリルの付いたワンピースで、メイド風のユニホームである。古都はこの制服のデザインを気に入ってこの店の求人に応募していた。


「めっちゃ可愛い」

「ちっ」


 古都が更衣室に入ると厨房の男子アルバイトは古都の容姿に見惚れ、それを耳にした接客の女子アルバイトは舌打ちをして、各々の持ち場へ向かった。

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