9
昼下がりの街中、正面入口の脇にある手すりに男が腰かけていた。手持ちぶさたなのか、片手で缶ケースを弄んでいる。
白飛びしそうなプラチナブロンド。まぶしげに薄い水色の目を細めて、わざとらしく目の前を通りすぎていく人々を観察しているふりをしている。ひとの店の前に来ておきながら、こちらには気づいていないなどということはないだろう。
「レオンハルト」
車を降りながら少し強めに名前を呼んでもこちらには目もくれない。
「──おまえ」
「おまえとは出会ったときから比べられ、争わされてきた仲だ。だからおまえが持っているものはなんだって壊したくなる」
内容とは裏腹に不自然なほど親しげな口調で告げられるそれが、何を指しているのか、すぐにわかった。それをいうためだけにわざわざここで待っていたことも。身体の芯がすっと冷えていく。
「ヴィルフリート。俺はおまえが心底嫌いだ。だがおまえの絶望する顔だけは大好きでな」
色素の薄い、瞳孔がやたらと目立つ瞳がこちらを捉える。
「なあ。ヤンのことは残念だったな。だがそれで絶望しなかったおまえが悪い」
不意に握っていた鈍色の缶ケースを投げられる。反射的に受け取ってしまったそれを、一瞬どうすべきか迷いながらも、蓋を開けてしまう。手のひらに収まりきってしまう小さな缶ケースの中には、くるりと丸まったひと房の髪の毛が入っていた。光を浴びるとブラウンになる黒髪。
「あの少年が最期にどんなふうに啼くのか、録音してくればよかったな」
天気の話でもするかのような軽やかさでレオンハルトが手すりから降りる。
「それはそれは美しい啼き声だったよ。叫ぶ音まで高らかに脳髄を揺らしてた」
すれ違いざまにそう囁かれた。
「ああクラウス、こんな道中で銃を構えるな。下ろせ。さもないと銃弾が降るぞ。主人のときみたいに外さない」
「組織の人間を殺してみろ、仲間殺しで裁かれるのはおまえだ、ゲス野郎」
「ハハ、おまえもな。まあそんなものは立証できなければ意味はない」
ケースの中の黒髪を静かに見つめる。去っていくレオンハルトの笑い声が周囲にこだましていた。
「あいつ! 追いかけて捕まえましょう、殴ってでも爪を剥がしてでも場所をはかせてやる。そうすれば子供ももしかしたら」
「ああ、そういうことか」
「ヴィル?」
不意に確信した。なぜわざわざあいつが出向いてきて、切り取った髪の毛など手渡してきたか。ヒントも何も得られずに、毎日精神を削って探して探して探して、ようやく死体を見つけたほうが与えられる絶望は深いのに。
「あいつが次に用意するのは頭の潰れた死体だ」
「それ、は、あの少年のものですか」
「そう思わせるためのものだよ。あいつにあの子は殺せない」
それなのにわざわざ殺したように、悪ぶりにきたのが可笑しい。くつくつと腹の底から笑いが込み上げる。クラウスが信じられないものを見たかのように一歩引いた。
「どうして、そんなことを、言い切れる」
「俺があいつならそうするからだ」
嫌になるほどあいつと対峙させられてきた。今さらあいつの考えることくらい、手に取るようにわかる。
あいつに取られるくらいなら、あの子をさらってしまえばよかった。投げ渡されたあの子の髪を見た瞬間、内臓が焼けそうなほど強くそう思った。ミカに出会い、あの歌声を聴いてしまったレオンハルトもきっとそう思ってしまったことだろう。
「レオンハルトが少年を囲い込んでいる場所を割り出せ。乗り込むぞ。ヤンの分もこれで返せる」
「ああ、わかりました!」
ヤンの名前を出した途端、意気込んだクラウスが店内へ駆け込んでいく。ガラス張りの扉がバタンと閉まり、周りのざわめきはBGMになる。世界にひとりになる。そうしてしばらくしてからようやく、喉の奥から絞り出すような声が出た。
「───殺してやる」
真昼の雑踏の中、手のひらのケースを握りしめる。
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