Angelic Boy

祈岡青

天使の子

 銃弾が腹を掠めていった。カッと焼けるように脇腹が熱くなる。くそったれ、服に穴が空いただろう、これは、と怒鳴り散らしたい気分になりながら、コートの胸ポケットからピストルを取り出す。

 襲われること自体はよくあることだ。車からたった数メートルの距離を、煙草を買いに一人になっていたところを襲撃されるというのもままある話だ。しかし抗争中でもないのに狙撃手を仕込まれたのは今回が初めてだった。ありもしない角度から銃弾が降ってきて、今度はハットのすぐ横をすり抜けていったあたり、相手は少し痛い目を見させたいどころかいよいよ殺す気らしい。たまらず悪態をついて路地裏から街中へと抜け出す。


 露店が連なるメインストリートは、ちょうど昼時ということもあって、買い出しに来た地元客と、この市場のような喧騒を眺めに来た観光客とでごった返していた。視界を埋め尽くす人、人、人。すれ違う度に誰かの腕や肩が当たる。これでは狙撃手も追っ手もまず来れないだろう。ついでに自分も簡単には仲間の元へと戻れなくなってしまった。


 さてどうしようかと、考えているうちにも脇腹のあたりがだんだんと湿ってくるのがわかる。そして不意に、視界がちかちかと白くまたたいて、甲高い耳鳴りがした。ああ、くそ、今日は本当についていない。


 ふらふらと表の喧騒から逃れ、小路を通り、住宅街の中へと進む。通りを一本隔てただけで、あたりは途端に静かになった。レンガ造りの家々の壁をまっすぐに太陽が明るく照らしている。その道に人の気配はない。


 しばらく歩いて、家と家のあいだをつなぐ、水道橋のようなアーチの下に日陰を見つけた。何気なく歩いただけではその暗がりの中に人間がいることなど気がつけないような場所だ。ようやく一息つけると安堵して、そこにへたりこんだ。


 震える指先でスーツの前を開ける。思った以上に血が流れているらしく、布地がびしょ濡れだった。脂汗が止まらない。息をするのも少し苦しい。


 いつ死ぬとしても自分の選択のもとに果てると思っていたのに、ただの破落戸に襲われて死にかけるなど、まったく、やっていられないと大きく息を吐き出した。


 このまま死ぬのだろうか。そうぼんやり思っていると、ふと視界に差し込む太陽の光が翳った。顔を向ければ、午後の太陽に照らされて、半袖と短パン姿の十三か十四歳くらいの少年が光を遮るようにそこに立っていた。くるくるとやわらかそうな猫っ毛をした少年は、暗がりを覗き込むように小首をかしげて、こちらをじっと見ている。


 ガキか、とうんざりしたが騒ぎ立てられては困る。安心させるようなるべく穏やかに微笑みかけ、そっと唇に人差し指を当てる。このままどうにか立ち去ってくれないだろうかと祈っていると、少年はおもむろに口を開いた。


「すっげー血ぃどばどば出てるよ。それ、痛い?」

「……痛いよ? めちゃくちゃ痛い」


 馬鹿みたいな問いかけに思わずそう返してしまっていた。


「ふうん」


 死にかけているこちらのことには欠片も興味の無さそうな相槌を打ち、少年がすぐ隣まで歩み寄ってくる。音もなくしゃがみ込み、何をするかと思えば、身を乗り出すようにしてベストの濡れて黒々としているあたりを覗き込み出した。


 なんだこいつは。頭が混乱する。少年といえど見ず知らずの人間をここまで近づけさせるなど、普段なら許しはしないところだったが、今は血液が足らずに頭の中が冷たくぼうっとしていて、拒絶するのすら億劫だった。それに、先ほどの敵意も知性も感じられないとんちんかんな質問に、すっかり警戒心が抜けてしまったのもある。


「近くに教会あるけど、行く?」


 そう少年がいったところで、丁度よく正午を告げる鐘の轟音があたりに満ちた。本当にすぐ近くにあるらしい。


「な、医者を呼ぶよ」


 キスすらできそうな距離で無防備に小首を傾げている少年に、本当に何なんだこいつは……と思いながらも頷いて、そこから気が緩んだのか、ゆるゆると意識は途切れていった。

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