気が付くと、客席や舞台のある薄暗い場所にいた。

 それは、結構広めの公民館のような場所である。

 客席はほぼ満員。熱気にあふれている。

『日本全国から選りすぐりのヒステリックな女教師たちが登場』

 という横断幕が舞台の上部に掲げられ、そこにライトがあたっている。

「全日本、ヒステリー女教師選手権」

 というアナウンスとともに高らかにパンファーレが鳴り響く。

 そしてドイツ古典派ふうの重厚な音楽演奏に合わせ、サーチライトに照らし出された舞台の上手からスーツやらジャージやらに身を包んだ貫禄のある中高年の女性たちが登場する。やせて背の高い者、小太りな者、中背中肉の者など、容姿はさまざまだが、みな目つきが鋭い。

 どちらかと言えばメガネをかけている者の方が多い。小脇に教科書やノートを抱えたり、サッカーボール等を持ったりして思い思いのポーズをとりつつ堂々とした足取りでぞろぞろと出てきた。

 みんな顔に怒りの色を顕わにしている。

「駄目じゃないのよ」「何やってるの」「私は怒っているのよ」「私は冗談言ってるわけじゃないんだからね」「ちゃんとやりなさい」等々、それぞれお気に入りのフレーズを口にしながら、大いに自分で自分の言葉に興奮することを楽しんでいる。自分のしゃべりに酔っていると言った方が正確かもしれない。

 30人程度の各地区の代表が舞台の上にならんだ。

 その中には、あの田上典子ティーチャーもいた。

「さあ、今日は、誰が日本一のヒステリー女教師かを選ぶ大事な大会です」

 タキシードを着て縁なし眼鏡をかけた長身のハンサム男が爽やかに口上を述べた。

「それでは~~、早速優勝者を発表いたします。優勝は~~~、田上典子さん」

 すごい拍手喝さいを浴びながら、田上ティーチャーは堂々たるガッツポーズをとった。

「それでは表彰状の授与にうつります」

 その時ぼくは、思った。

〈ここは勇気を出して自分の意見を言おう。殺されてもいい。言論の自由の方が大切だ〉

 ぼくは勇気を振り絞って、「ちょっと待った」と言いながら通路を走り、舞台の上に駆け上がった。

 そして、さえぎられないように一気にしゃべる。恐怖で身震いが出ているがちゃんと言葉が出てきた。 

「確かに君のようにいつもいつもヒステリックに叫んで叫んで叫びまくるならば、周りにいる教員は『こんな凄まじい化け物が相手では、何を言っても無駄だ』と考え、最初から最後までバカにして自分の意見を一切言わずなんでも『はいはい』と言うことを聞くしかない。でも、それは決して素晴らしことではないし、君が正しいと認められたわけでもなんでもない。ヒステリー選手権で全国優勝なんて全然褒められたことでもなんでもない。そのことに気がつくならば、必ず、将来まともな人間になるチャンスもでてくる」

 すると田上ティーチャーはこぶしを握り締め手をぶるぶるとふるわせて怒りを顕わにした。

 そして、いきなりぼくの腹に鋭いキックを見舞った。

 ぼくはあっけなく倒れる。

 ぼくは、お腹が痛いのを我慢しながら声を振り絞る。

「や、止めろ。暴力で人の口を封じたってなんにもならないぞ。自分の耳に痛いことにこそ耳を傾けるべきじゃないのか」

 田上ティーチャーは、ぼくの頭を蹴って蹴って蹴りまくる。

 ぼくは失神して、ただただ蹴られるがままになっている。頭からはタラタラと血が垂れている。

 それを見た田上ティーチャーはニヤニヤとにやけ、さらに蹴り続ける。

 その時客席では、「どなってどなってどなありー、叫んで叫んで叫び―まくる。ホントにィ、ホントにィ、怖かったァ」という大合唱が始まった。

 みんな立ち上がり、肩を組んでその歌を歌っている。客席にいるのはなぜか中高年の男性ばかり。涙を流しながら歌っている者やにこやかな顔をしている者など、その表情はさまざまだ。

 「ヒステリックな叫び声ハンターイ」というシュプレヒコールなども唱和されている。

 一方舞台の上では、田上ティーチャーの数限りない蹴りによってぼくの頭は割れ、脳みそがぼたぼたと床に落ちた。

 田上ティーチャーは、それを靴で踏みつけ、白狐のようにつり上がった目を細めてニヤニヤと笑う。

 気がつくと、客席の間の通路にもう一人のぼくがいて、舞台の上の凄まじいありさまを茫然として見ている。

 頭に続き今度は腹を蹴り始めた。

 血が吹き出し、腸がはみ出して床にぼとりと落ちた。

 田上ティーチャーはすかざずそれを踏みつけてにやにやと笑いガッツポーズをとる。

〈痛い!〉

 舞台の上のぼくが蹴られているのに、通路にいるぼくのお腹が痛いところが不思議だ。

「痛い、どうかやめてください。ぼくは死んでしまいます。と言うか、もう死んでしまいました。もう何もしゃべれないんですよ。それでいいじゃないですか。参りました。ぼくは、もう死んでしまって、あなた様のお好みではないちゃんとした真面目な意見は言いいません。と言うよりももう死んでしまって言うことができないのです。お願いだから止めてください」

「うるさいわねえ。今もしゃべってるじゃないの。嘘言うんじゃないの。私は真面目なのよ。本気なのよ。あんたはどうしてそれがわからないの。余計なこと言わないでだまって見ててちょうだい」

 そう言いながら、さらに蹴って蹴って蹴りまくる。

 会場では、「…ホントにィ、ホントにィ怖かった…」という歌の大合唱があい変わらず行われている。

 どういうわけか、会場には中高年の男しかいない。

 その中には、ひときわ大きな声で歌っている背が低い五人組がいる。センターにいる男は、メガネをかけて頭が禿げ上がっており、朗々とした美声で唄っている。

〈あれは、ホットファイブの人たちだな〉

 と僕は思った。

〈確か、ホットファイブという名前の5人組のコーラスグループがいたはず。あの人たちがそれだ〉

 一方、田上ティーチャーの蹴りはさらに続き、ぼくの腹にさらなる激痛が走る。

「何の権利があってそんなことができるんですか」

 田上ティーチャーは「何、今何か言った」と言い凄まじい形相でにらみつけた。

 ぼくは土下座した。

「今のは失言です。ごめんなさい。お願いです。止めてください。本当に、本当に反省しています」

「何を反省しているの」

「そ…、それは…」

「言えないってことは全然反省してないからじゃないの。いい加減なこと言わないでちょうだい。さっきから、こっちは真面目な気持ちでやってるんだと言ってるでしょう。真剣なのよ。何度言ったらわかるの」

〈真面目ならば、なにをやっても許されるのだろうか〉

 でも、そんなことを考えている場合ではない。なんとかして止めてもらわなくては。

「私は…、私は、もう自分の意見はいっさいいわないで、田上様のことは最初から最後までバカにしてなんでも『はいはい』と言うことを聞きます。だからどうかこのへんで終わりにしてください」

 すると田上ティーチャーは、すごい形相でぼくをぎろりと睨みつけた。

「あんたー、今『バカにしてる』って言わなかった」

「いいえ、めっ、滅相もございません。私は、心の底から田上さんの言っていることが正しいと考え、つき従っていくのでございます」

「そんなしらじらしいことを言って通るとでも思ってるの」

 田上ティーチャーはさらに舞台の上で横たわっているにいるぼくの腹を蹴って蹴って蹴りまくる。

 通路にいるもう一人のぼくは、痛みのあまりに叫んだ。

「うおーっ、うおーっ」

 その時、舞台で横たわっている死体がピクリと動いた。

 恐怖に怯える田上ティーチャーの顔。

 血だらけで脳みそや内臓のはみ出した死体がゆっくりと起き上がった。

 のそのそと田上ティーチャーの方に近づいて行く。

「ぼくは、殺されても言い続けます。いえ、もう殺されてしまいましたが、最後の力を振りしぼって言います。ヒステリックにゆがんだみにくい顔を見せつけて、地獄の底から沸き上がるようなヒステリックな叫び声で他人を自分の思い通りにさせるやり方はいけないことだ。人間としてよくない。そう考えています」

「あんた、私にそんな嫌がらせを言うと校長先生に言いつけるわよ」

 死体の動きが一瞬止まった。

 田上ティーチャーは勝ち誇ったように腕を組んで立っていた。


「ちょっと、店で寝ないでください」

 Rちゃんの声だった。

 目をあけると、さっきと同じスナックにいて、クールファイブの歌を誰かが謳っている。

「ああ、怖い夢だった。夢でよかった」

「どんな夢」

「うん、『ヒステリー女教師選手権』というのが開かれるんだ」

「なに、それ。変な選手権」

 Rちゃんは笑っている。

「いやあ、それが本当に怖いんだ」

「確かに怖そうね。ヒステリー女は怖いからね」

「店で寝ると周りの人が気にするし、今日は疲れたから今日は帰る」

「珍しい。いつもの調子が出ませんねえ」

「そうだなあ。でも疲れたから帰るよ」

 ぼくは、お金を払うためにポケットから財布を取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る