六
次の日の昼休み、生活指導部職員室に教頭が来て、「西田君が沢田先生に謝りたいと言っているんだけど、先生は謝罪を受けますか」と聞かれて「ハイ」と答えた。
その日西田君は登校していて生徒相談室という小部屋にいるということなので、教頭と一緒にそこに行った。
西田君は制服のブレザーと規則通りの白いワイシャツを着て、背中を丸めて淡々と勉強をしていた。
いつもよりも生気のない白っぽい顔をしていて、さすがにしょんぼりとした雰囲気で暴力を振るった本人とは思えなかった。
ぼくが前に座ると、西田君は口を開いた。意外としっかりとした声だった。
「先生、暴力をふるってごめんなさい」
西田君はそう言ってから丁寧に頭を下げた。少し体が小さくなって子どもに戻ったように思えた。
ばくは「はい」と言ってうなずき、なぜか自分も頭を下げた。
どうも不条理な「世間」を代表するような立場に立たされたようで居心地が悪く、気まずいので何か言いたかったが何を言っていいのかわからなかった。何も言わずに立ち上がりそのまま部屋を出た。
それからは教頭と何も話さずに廊下を歩き、生活指導部職員室の前で別れた。
その後3日くらい、合同部会や臨職は開かれず、西田君は自宅で謹慎する日と学校に出てきて生徒相談室にいる時があった。生徒相談室では、作文を書いたり勉強をしたり、学年や生活指導部の先生と話をしたりしていたようだ。
西田君が書いた反省文を見せてもらった。
それには形通り「反省した」「沢田先生には悪いことをした」といったことが書いてあり、それ以外に「それまでにも沢田先生の言い方には腹が立っていた」ということも書いてあった。やはり自分の言い方とか態度によくないところがあったんだな、ということが改めてわかった。
作文を読んだ後、生徒相談室に西田君がいるということを聞いて、1回行って話をしたことがあった。
その時は、前回のように教頭と一緒ではなく、他の教員もいなかった。
西田君は前回と同じように背中を丸めて勉強していたが、前回よりは少し顔色がよくなっていた。
ばくはその前に座った。
「作文読んだけど、やっぱりぼくの言い方は腹が立ったかな」
「はい」
「まあ、世の中には腹が立つ人もいるけど、ぼくの授業なんか週に2回か3回くらいだから、その時だけ我慢してればいいんじゃないか」
「はい、それはそうです」
「他の生徒は、同じような言い方をされても別に平気で、もちろん暴力を振るうこともないでしょう。まあ、先生のしゃべり方も癖みたいなもので、別に馬鹿にするのが目的でやっているわけじゃないんだから、あんまり気にしない方がいい」
「はい」
「それに、目立たないように真面目に勉強していれば声をかけられることもないんだし、暴力を振るう前に考えた方がいいよ」
「わかりました」
「まあ、自分も高校時代にむかつく先生もいたし、大した授業してないなと思う先生ばっかりだったけど、別にそんなもんだろうと思って気にしなかった。別に自分で金を稼いで高いお金を払って授業を受けているわけでもないし、自分に役に立つことは何かを考えて、それだけ吸収するようにすればいいと思うよ」
「はい」
淡々と「はい」とか「わかりました」と言うだけだが、こちらが言っている内容はわかっているようだった。
あんまり大したことは言えなかった。でも、西田君に合っている内容かどうかに関しては全然自信がないが、一応正直に自分の思っていることが言えた。
西田君の様子が落ち着いてきていたし、顔色もよくなっていたので、ほっとした。
その次の日、西田君の父親が学校に来た。
生活指導部職員室にいた時に大道先生が入って来て、父親が校長室にいて謝りたがっているので来てほしいと言われ、大道先生とそこに向かった。
部屋に入った。
その場には、大道先生以外では教頭先生・栗山先生と生活指導部の教員が一人いて、校長はいなかった。
部屋の奥に、汚れた灰色の作業服を着た白髪交じりでぼさぼさの髪の毛の小柄な中年男が座っていた。服のエリにシミがあり、死んだ魚のような目をしている。
その前の椅子に座るように大道先生に促されて座った。
「この度は、息子がご迷惑をおかけしました」
ぼくは黙って頭をさげた。西田君の前に座った時と同様で、どうも自分が不条理な「世間」を代表しているようで居心地が悪かった。
何か言った方がいいと思ったが何を言っていいかわからなかった。
黙っているわけにもいかないと思い「こちらこそ、失礼いたしました」とあまりその場面にはそぐわないことを言った。
続けて何か言おうかと思ったが、「じゃあ、今回はひとまずこれくらいにしておきましょう」と教頭先生が声をかけてくれて、出て行った方がよさそうな雰囲気だったので、もう一度お辞儀をして部屋の後にした。
あくまでも推測だけど、それ以上話が続いてぼくが「こっちも悪かった」「こちらの指導にも至らない点があった」等のことを言い始めるような流れになると今後に悪影響があると、教頭やその場にいた教員は考えていたのかもしれない。
ぼくが立ち上がって帰ろうとした時に、他の教員はみなほっとしたような表情を見せていた。
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