アライさんは疑心暗鬼なのだ!

自動小蒔

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 巨大な黒セルリアンを打倒し、ジャパリパークに再びの平穏が訪れてはや三日。だが依然として、フレンズ達の間では先の黒セルリアン騒動に多大な活躍を果たしたとあるフレンズの、その英雄譚が惜しげなく語られていた。曰く一度食べられたのにも関わらず元の姿に戻らなかっただとか、またあるいはその指導者的素質でフレンズ達を結集させただとか。

 にわかには信じたがたい与太話だったが、それでもそれらは全て確かに真実であり、少なくとも、やはりと言うべきか、例のとあるフレンズに誰よりも入れ込んでいたあのフレンズだけは、真実であると疑っていなかった。


「セルリアンに食べられても姿が変わらない? とても信じられないなー。それってホントなの?」

「本当なのだ! かばんさんはサンドスターから戻ったのに、元の姿のままだったのだ、遠くから見てたのだ!」


 力説を疑われ憤慨し騒ぎ出したのは、紫色の毛皮に覆われた釣り目のフレンズ、アライグマのアライさんだった。


「遠くからでしょ? ならやっぱり見間違いなんじゃ」

「あれを見間違えるはずがないのだ! 疑うなら博士に聞くと良いのだ。博士もそこにいたから、きっと裏付けするのだ!」

「そのためにわざわざ図書館まで行くのはなー。遠慮しておくよ。嘘だったらいやだし」


 そう言ってそっぽを向いてしまう名も知れぬキツネのフレンズを横目に、アライさんはやり切れない思いを噛み締めていた。

 その時である。アライさんの中に名状しがたい何かしらが芽生えた。もしかしたら、自分は本当にあの時見間違えたのかもしれない、自分は無意識に話を誇張していたのかもしれない、そんな思いが密かだが確かに感じられたのだ。するとアライグマとしての性なのか、自らの中に芽生えたこの思いを綺麗さっぱり解き明かしたいと思い立った。ならばやることは一つである。

 アライさんは相棒のフェネックを連れて、木漏れ日の通りを駆け抜けた。やがて妙な記号が並んだ場所を通り過ぎ、そして終に辿り着いたのは、当然のことながら、ジャパリパークの知恵「ジャパリ図書館」だった。


 ジャパリ図書館とは、リンゴを模したであろう縦長の施設に大量の書物が保管されたその名の通りの場所である。ジャパリパークのフレンズ達の間ではわからないことがあれば大体はここに行けば解決すると言われており、故にここは知識と発見の象徴として、フレンズ達に多分に親しまれていた。

 アライさんはそんな図書館へ着くやいなや、直ぐ様そこの主達に声をかけた。


「博士ーっ! 聞きたいことがあるのだーっ!」


 声高に響いたせいか、間髪を入れず……というよりは、どこからともなく主達が現れた。

 それは二匹いた。片方は全体的に白っぽいフクロウ、もう片方は対照的に全体が暗い色合いのフクロウ。それは疑いようもなくアフリカオオコノハズクとワシミミズクだった。

 二人は博士と助手として知られ、その賢者さながらの口ぶりで評判である。曰く、尊大に言われれば例え嘘だろうと嘘とは思えなくなるとか。


「そんなに叫ばなくても聞こえるですよ」

「個性的なフレンズがまたやって来たのです。今日は訪問が多いのです」


 口ぶりからして何でも先客がいるらしく、アライさんは自分の要件よりも先にそのことをについて聞いた。気になることがあれば放っておけないのだろう。


「先にフレンズが来てるのかー?」

「そうです、来てるですよ。さばくちほーから遥々やって来たらしいのです」


 さばくちほーから来るようなフレンズで、尚且つ好奇心が強く知識欲に満ちた者と言えば、もはや浮かぶのはひとつしかなかった。そしてそれは千里眼めいて的中していたようで、次の瞬間には独特なだみ声が聞こえてきた。


「誰かと思えばアライグマじゃないか。フェネックとは相変わらず一緒なんだな」

「ふーん。アライさんとフェネックは一心同体なのだ!」

「幸せそうだな……」


 フードのフレンズ、ツチノコが薄ら笑いで言うと、すかさず博士も口を挟んできた。


「幸せなのです。疑うことを知らないとは、正に至福なのですよ」

「至福なのです。疑心はフレンズを不幸にするのです」


 その言葉を聞いて、偶然にもアライさんは確信する。

 あの時自分の中に芽生えたあの感覚は、正しく懐疑心である。何かを知った時、そしてそれを伝えようとした時に感じたあの思いは、それはつまり疑うという行為だったのだ。


「そうなのだ! そのことについて聞きに来たのだ!」

「そのこと? 疑うことについてか?」

「その通りなのだ。アライさんは今日、自分の話が本当なのか疑ったのだ!」


 聞くと、博士は少し前のめりになって一言だけ言った。


「アライグマ。疑うことはフレンズを不幸にするですよ。疑問に思うことは良くても、疑念を抱くのはいけないのです。それは好奇心ではなく懐疑心なのです」


 何やら小難しい言葉を並べる博士達に、アライさんは頭を曲げて首を傾げる。どうやらアライさんには高等すぎたようだ。そんな様子を見てか、博士は一転笑顔になった。


「まぁ。その様子なら大丈夫なのです、明日になれば治るですよ」

「よくわからないが、博士達はいつも何かを調べてるのに、ぎねん? は抱かないのか?」

「我々は疑問に思ったことを調べているだけなのです。そうして見つけた答えを疑うことはしないのですよ。元からあるようなことについてあれこれ考えるのはヒトの領分なのです、ヒトはあるものをあるものとして受け入れず、なぜあるのか、何を持ってあるとするのか、そんなことを考えて楽しんでいたのです」 


 博士は何やら知っていそうな言葉振りだったが、しかしアライさんがその言葉の意味を解すことはなく、ただ眉を顰めて頭を抱えるだけだった。素晴らしいことである、それでこそけものと言える。

 しばらくの思案の末、アライさんは諦め気味に言い出した。


「うーん……わからないのだ! 博士達はそんな難しいことを考えて、なんで疲れないのだ?」


 すると、博士は今日一番の笑顔で会話を締めくくる。


「難しいことなんて考えないのですよ……我々は賢いので!」




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