行方知れずのNo.6
「川北、来週からは戦争に入る。準備に漏れがないか今一度確認しておいてくれ」
「はーい、わかりましたー」
春山さんがいなくなってはじめての繁忙期。カナコさんとアオがスタッフとして加入してくれたから人自体は増えているけど、冴さんはもういないものとカウントしろという林原さんの通告もあったし、繁忙期を回すには少し不安がある。
この時期の繁忙期というのは履修登録とその修正に関わる物で、3月末から4月中旬くらいまでは続くんだそうだ。システム面のことだけでなく単位の制度も理解していないといけないし、自分の学部以外のことについて聞かれるのも茶飯事で。
バイトリーダーの林原さんからは、今いるスタッフでは俺が林原さんの次に歴が長くなるからいろいろ頼むことも出て来るという話があった。まだ新2年生なのにもうそういうポジションになっちゃうんだなあと思って。少し気が気じゃない。
「コピー用紙オッケーですー」
「ああ、悪いな」
今日はまだ土曜日で、人も少なく余裕もある。お茶でも飲もうとお湯を沸かそうとしたときのこと。
「ひっ…!」
受付から、パーカーのフードで目元の隠れた人がこちらを覗いている。髪の色がピンクとか水色とかで奇抜だし、耳はピアスで穴だらけ。その人が、何を言うでもなくただひたひたと、こちらを窺っている。
「林原さん林原さん…!」
「どうした」
「う、受付に不審な人がいるんですけどー…! もしかして林原さんを襲撃しに来てるとかじゃないですか…!」
「まだ繁忙期にはなっとらんのに恨みを買う覚えはないが」
「今年も卒論書いてる人を摘まみ出してたじゃないですかー、そういう人が雇った殺し屋みたいなんですー…!」
お前は何を言っているんだと、呆れたような目で見られるけど本当に怖いものは怖い。林原さんはそういうのに慣れてるかもしれないけど俺は人畜無害なただのスタッフだし、切りつけられようものならって。
「お前はそこで何をしている」
「邪魔するぜー」
「邪魔をするなら帰れ」
「えっ!? ちょっ、林原さん事務所に入って来てますけどえっちょっと止めてくださいよー! ひゃー! 殺されるー!」
その人が何事もなく事務所に入って来るけど俺は林原さんの後ろでガタガタ震えているしか出来なくて。どうしよう、お湯かける!? お湯を、ジャーって頭からかけたら熱くて出てってくれるかなあ!
「川北、こんなナリだがコイツは一応情報センターのスタッフだ。尤も、土田を身代わりに置いて出て行ったきり、顔を出していなかったがな」
「えっ……スタッ、フ…?」
「いいねえ、怯える様が。かわいいかわいい」
「これは松本恵夢という。一応、磁石もまだ残っているだろう」
「あ、本当だ。松本さんて誰だろうって思ってましたけど、まさかこんなに怪しい人だとは思わなかったです」
「言うねえ、ボクぅ」
「ひゃーっ! 助けてください林原さんっ!」
林原さんによれば、松本さんは結構変わった経歴の持ち主で、年齢は春山さんと同い年の23歳、今の学年が2年生なんだとか。星大に入る前に他所の大学を中退していたり、ふらふらしてたら留年したとかいろいろ。アートで生計を立てているそうだ。
「で、何をしに来た。お前のことだ、真っ当に働きにきたわけではあるまい」
「ヤ、ちょっと来ない間に面白いのが増えてるって聞いて。で、冴を呑んだのってどいつ?」
「今日は来とらんぞ」
「なーんだ。面白い奴だって聞いて来たのに」
「面白い奴であることは否定せん」
「いや、お前ホラ吹きだから自分の目で見るまでは信用しない」
「好きにしろ。この分だとお前が来とらん間に増えたスタッフの闇を全て暴くまで出て行く気はないのだろう」
「おっ、さすがリン、分かってるなあ。まずはこのボクから覗こうか」
「ひゃーっ!」
この間、俺はずっと林原さんの後ろから様子を窺っていた。忘れかけていたけど情報センターって結構変わった人の集まりだったなあって。普通に馴染んでたけどみんなどこかぶっ飛んでるところがある人たちだった。
林原さんがちょっとやそっとのことで驚かない理由を再確認させられたし、松本さんは舌先が割れてて痛そうっていうか怖い! しかも俺の何を覗くって!? 助けて春山さーん! 烏丸さーん!
「って言うか松本さんて声や名前じゃわかんないんですけど男性ですか女性ですか…?」
「ボク、ヤって確かめる?」
「わーっ! 勘弁してくださいどっちでもいいですー!」
「おっ、いいねえ初々しくて。顔も真っ赤で」
「……松本、お前もこのカマトトに騙されたか」
「ん?」
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