登竜門の麓に立ち

「……BJ、コーヒーで、良かった…?」

「サンキュ。あ、ミルクと砂糖は」

「そこに……」


 全国の自治体、それこそエリアやデカい市だけじゃなくて町や村もそうだ。コミュニティFMラジオ局はいたるところに存在している。俺の卒論のテーマが「コミュニティFMと双方向コミュニケーション」という物。しかし文献だけでは限界があった。

 そこで、フィールドワークをしようと乗り込んだのが西海市にあるFMにしうみ。言ってしまえばここでバイトをしている美奈のツテを頼った。まあ、使える物は使えと言うし、どんな手段だろうと潜入しちまえばこっちの物だ。

 美奈から俺の素性もある程度は会社内に伝わっていたらしく、挨拶に行ったときには盛大な歓迎を受けた。そして、あれよあれよと話が進み、4月からは俺の番組というものが始まることになったらしい。今日はその打ち合わせだ。


「……ミルクと砂糖、入れ過ぎな気が……」

「ブラックが飲めねえんだ」

「……そう」

「あら福井ちゃーん、今日も可愛いわー」

「……ベティさん。こんにちは……」


 美奈に軽いノリの挨拶をしているのは……ガタイは完全に男だが服装が女のそれだ。ベティはもちろん本名ではないだろう。外国人にも見えないし、本名だったらむしろ引く。ただ、美奈の様子を見ていると悪い人でもなさそうだ。


「あらいい男。福井ちゃんどうしたのこの子」

「……私の、友達……」

「緑ヶ丘大学3年の、高崎悠哉っす」

「卒論のフィールドワークで、4月から番組を……」

「福井ちゃん、番組持つんだったら登竜門を潜らせなきゃダメじゃない」

「……そう、だった」

「美奈、登竜門って」

「FMにしうみで新たに番組を持つパーソナリティーは、ベティさんの番組でお披露目する、という慣わしがある……」

「ベティよ。西海駅前でバーをやってるの。そっちが本業で、ラジオは週に1回。福井ちゃんとはメイクやファッションのことで仲良くなったの」


 バーのママなんかをやっているベティさんの番組はコミュニティ局の番組にも関わらず結構聞かれているらしい。局の看板番組で新番組のパーソナリティーを紹介するというのは番宣の方法としては実にオーソドックスだ。


「……ちなみに、ベティさんは大石君のお兄さん……」

「大石ってあの大石か」

「あの、大石君……」

「あら、ちーの友達なのね。うちのちーがお世話になってます」


 そういや噂には聞いたことがあったようななかったような。俺が家や家族のことを根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だから、人のことも聞かないでいたけど(そもそも大石とはそこまで絡みもないし)、結構複雑な家なんだったな。

 ただ、このベティさんが大石の兄貴なんだって言われると、ガタイの良さも納得すると言うか。大石が水泳やってるアスリート体型だから兄貴も何かスポーツやってたのかなとか、遺伝なのかなとか、思うところはちょっとある。


「それで、ゆーちゃんはどの枠で番組持つの?」

「ちょっ、呼び方」

「……BJ、諦めて。火曜8時の、1時間……この枠には、私も入る……」

「あらそうなの。福井ちゃんが入るなら安心だわー、色目使う女がキャアキャア湧くだろうし。その点福井ちゃんは」

「……ベティさん…!」

「ゴメンゴメン、わかってるわよ」


 俺の事情も2~3ルート程で美奈には大体伝わっているだろうが、美奈の事情もまた同じように俺には何となく伝わってくるようになっているのだ。某性悪が妨害したそうにしていたり、菜月が羨んでいたり。美奈の恋愛事情に関しても、少し。


「まあ、そもそもがこんないい男に相手がいないってことも考えにくいわよね」

「……BJ、今は…?」

「美奈、お前が期待してるようなことは何ひとつとしてないとは言っとくぞ」

「BJ」

「あ?」

「ベティさんは、菜月のことを知っている……」

「何つー脅し文句だよ、それ」

「あらっ、菜月ちゃんてあの子よね、こないだあずさに連れられて来てたお団子の。あの子絡みで何かあるのかしら」

「学年の間では、タブー……」

「美奈、お前さては面白がってるだろ。登竜門とやらを潜る前にネタを吐かせるだけ吐かせようって魂胆だな」

「徹じゃあるまいし……」

「説得力の欠片もねえな」


 4月から半期にわたって美奈とタッグを組むことになった以上、俺はその間美奈のおもちゃにされ続けるのだろう。あの似非優等生をもってしても美奈は食えないそうだから、人畜無害な俺ではまず太刀打ちできない。


「そう言えば福井ちゃん、今日はいつになく口数が多いわね」

「BJと話すのは、楽しい……」

「俺をイジって遊ぶのが楽しいの間違いじゃなくてか」

「私は、徹とは違うけれど…?」

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