バキボキホビー

「文房具屋! 文房具屋に寄っていいですか…!」

「よかろう」


 今日は、各自の趣味の店を歩き回るというツアーの日。参加者は私にリン、それからロイとあずさ。ルールは簡単。各自行きたい店をリストアップして、どういうこだわりがあるのかなどを紹介しながら歩くだけ。

 基本、他人の趣味を否定しないメンバーだからこそ出来る歩き方だと思う。共通の趣味でなければ同じ時間を過ごすのがしんどいという関係もあるにはある。ただ、このメンバーはいい意味で不干渉なのかなと思う。

 ふらりと通りかかった文房具屋で、ロイが挙手をした。本来ロイの時間には知る人ぞ知る古本屋へと立ち寄り、絶版になっているような本やCDなどを買い漁っていたのだけど。こういう思い付きも一応オッケーというルール。


「ロイ、イキイキしてる……」

「せっかくだし手に馴染む物とか、長く使える物が欲しくてさ。靴と包丁は高い物をって言うけど、俺にしてみれば包丁よりも文房具に金を使いたい」

「ほ、包丁こそいい物を使うべきですっ!」

「おっ、朝霞対伏見のゴングが鳴るか?」

「だって俺、包丁で味が変わるほど料理出来ねーし。じゃあ、伏見のターンは調理器具でも見に行く的な感じか」

「人並みに出来るくらいで料理は別に趣味でもないんだよ。あっ、料理は趣味って言わないけど、お菓子作りって言うと女子力高そうじゃない?」

「いや、そう言われても俺の友達にお菓子作りがめちゃくちゃ上手い男がいるから別に女子力どうこうは思わない」


 何かが折れる音が聞こえたような気がしたところで、心なしかしょげしょげとした様子であずさはシャープペンシルの芯をカチカチと出したりしまったりを繰り返している。曰く、こんな調子でムードをぶち壊しにされること数知れず、とのこと。

 それはそうと、文房具屋には私もじっくり見たい物がある。それは、シャープペンシルやボールペンといった日常的に使うものではないけれど、とても大事な。絵の具や、色鉛筆といった画材を見たくて。


「……はい」

「美奈、どうした」

「私は、画材を見たい……」

「おっ、ミーナがどういう物を見るのか興味ある。邪魔しないからついてっていい?」

「……面白くは、ないと思う……それでも良ければ、どうぞ」


 絵の具や色鉛筆と言ってもメーカーやシリーズごとに特色が違う。紙に乗せたときの伸びだったり、どんな色に強いかなど。どんな紙に乗せたらどんな色味になるのかという点でも選び方は変わって来る。

 私が色鉛筆をじっくりと見ている脇で、リンは抱き合わせ購入を狙って置かれているのであろう色鉛筆画入門という本をパラパラと流し読んでいる。あずさはクーピーが懐かしいとはしゃぎ、ロイは画材としての鉛筆に興味を示したようだった。


「ミーナ、やっぱり絵はシャーペンより鉛筆で描く方がいいのかな」

「どんな絵を描くかによって、異なる……鉛筆は、一本でも様々な濃淡や太さ細さを描き分けることが出来る……それと、シャーペンだと紙を傷付けやすい……」

「鉛筆も使う人が使えば万能なんだな」

「……でも、手や、紙を汚すこともある……道具はそれぞれ、一長一短……」

「なるほど。ほら、俺もたまに落書きだけど絵を描くことがあるから」

「……どんな絵を…?」

「最近は話の挿絵を描いたりとか」


 気が付くと、文房具にときめいていたロイでも画材を見ていた私でもなく、あずさが色鉛筆と塗り絵の本を持ってレジに並んでいた。コロリアージュで楽しく無の境地に入ってストレスから解き放たれたいと、強く拳を振り上げるようにあずさは意気込みを述べる。


「伏見、お前もストレスが溜まってるのか」

「大体朝霞クンの所為なんですけどねー!」

「えっ。あっ、もしかしてペア研究の件か? でも最近はちゃんとやってるだろ?」

「もういいですー朝霞クンなんて知りませーん」

「ちょっと待て、真面目にわからない。何か気に障ることしてるなら改めるし教えてくれ」


 ロイがあずさの恋愛フラグを無意識にバキバキ折っているところや、台本を書くのに鬼の形相で追い立てるところ、などなど……あずさからの報告は後を絶たない。だけど、それでいてキラキラしていなければロイじゃないと言うのだから、支離滅裂ではある。


「美奈、これは痴話喧嘩でいいか?」

「……問題ない」

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