炊事場の内緒話

 今日は楽しい楽しいカレーパーティーの日。菜月さん特製カレーを、最近ではいつもの愉快なメンツになりかけている朝霞君と山口君と一緒に食べる会だ。別名、例の米を消費する会。まだ残ってるんですね、抽選で当たった米が。


「おーい、圭斗ー、なっちー、何か手伝うかー?」

「いや、朝霞君と山口君は座って待っていてくれていいよ」

「山口にはおいおいだし巻きを作ってもらうからなー」

「は~い、まかせて~」


 台所には、僕と菜月さん。朝霞君は辛い物が食べられないということもないけれど得意ではないとのことなので、今回は菜月スペシャルはなし。普通のカレーライスをいただくことに。

 今日はそれぞれの思うカレーのおともを持ち寄ってもらった。朝霞君は温玉を、山口君はチキンカツを持ってきてくれた。僕は福神漬けなどの薬味類だね。え、菜月さん? カレーを用意していただいていますし。あと、お米を当てていただいてますし。


「圭斗、朝霞で思い出したんだけどそういやさ」

「うん」

「学祭シーズンに三井が惚れてたあずさちゃんて覚えてるか?」

「ん、あったね。そのあずさちゃんがどうかしたのかい?」

「こないだ野暮用で大石と会ってたんだけど、そのときにあずさちゃんと偶然会って、何かいろいろあってベティさんのお店で一緒に飲んだんだ」

「どこから突っ込めばいいかわからないね」


 まず、菜月さんと大石君の野暮用というヤツ。これは、三井にあずさちゃんがつきまとわれてるんだけどどうしようという相談のお礼という名目らしい。大石君らしい人の良さだね。そして、あずさちゃんとあった「何かいろいろ」の中身だ。

 三井の話をほじくり返したらうわーってなって、大石君曰くお店で酒入ってるノリになって、わーってなって。そして気付けばあずさちゃんの恋愛相談やら愚痴やらに巻き込まれていた、と。


「あずさちゃん、勝負下着が何度も空振りしたって言ってたけど、付き合う前から勝負を仕掛ける物なのか?」

「……水を含んでいなくて良かったよ。噴いてしまうところだった。まさか菜月さんからそんな話が出るとは思わなかったよ」

「真面目に聞いてるんだぞ。うちよりお前の方が詳しいだろう」

「イケるという確信があってそういうムードに持っていけるなら勝負を仕掛けることもあるけど、朝霞君相手にその勝負は無謀じゃないかい?」

「だよなあ。うちも大石もその結論にたどり着いたんだ」

「でしょうね。で、どうしてそんな話に」

「何か、映研の台本書くのの参考資料としてポルノ見てる時に、構図の話として押し倒したりされたりしたけど何も起こらなかったとか何とか」

「み、水を含んでいなくて良かったよ。僕なら絶対に台本そっちのけで行くんだけど、さすが朝霞君としか言いようがないね」


 菜月さんの純粋な疑問には、相手が悪いとしか答えようがなかった。扉の向こうで、おそらく僕の持っているDVDの棚をきゃっきゃと見ているであろう朝霞君だ。そして、扉の隙間からこちらを窺う影がひとつ。


「なになに~? 朝霞クンの話~? まあ、一部始終聞いてたけど~」

「聞いてたなら話は早い。うちと圭斗よりお前の方が朝霞には詳しいだろ。朝霞って性欲ないのか?」

「ないね」


 あまりに即答するものだから、さすがに僕と菜月さんの声が「ですよねー」と揃う。そして、朝霞君と泊まりで出かけたときの話もしてくれたよ。ホテルの有料ビデオコンテンツがどうしたという話だったんだけど、さすが朝霞君だよね。という話でした。


「少なくとも作品に向かうときはないね。そうじゃないときのことはわかんない。部活のない朝霞クンとは付き合い始めたばかりだから。それより俺は大石クンが恋愛とかエッチ系の話するんだと思って」

「あ、それは確かにそうだね」


 菜月さんによれば話し口をマイルドに、丁寧に丁寧に濁していたそうだけどあまりに濁し方が丁寧な物だから、逆に脳内に映像として想像する余地を残してしまった、とのこと。女性経験のことなんかもその場にいた事情通にバラされていたとか。大石君ドンマイ。


「向島さんがしてても全然驚かないんだけどね~」

「お前は向島をなんだと思ってるんだ」

「向島さんと言うか、先輩と松岡クンがね~」

「あ、それはわかる」

「でしょ~? 議長サンそうでしょ~?」


 そうこうしている間にカレーはあったまっていたし、チキンカツもパリパリに焼き直しが完了した。ご飯も炊き立て、いよいよ本題のカレーパーティー。炊事場の内緒話はおしまいだ。


「カレーと言えば水だな、圭斗」

「あっ、俺も水くれ。熱いのは食べられないんだ」


 だけど、やっぱり小声で話さざるを得ない事情は出て来るワケで。


「……菜月さん、僕は今朝霞君の顔を見て水を噴かない自信がないよ」

「そこをこらえろ圭斗、お前の理性を見せてやれ」

「残念ながら僕は本能のままに生きていてね」

「……しょうがないな」


 そして彼女が一息。


「――あっ、圭斗! カレーと言えば目玉焼きがないぞ! 台所だ台所!」

「ん、仕方ないね。今焼くよ」

「おい圭斗、目玉焼きは大事だぞ。忘れてやるなよ、かわいそうに」

「あ、星ヶ丘勢は先に食べてていいよ。菜月さん、横で黄身の具合を見ていてくれないかい?」


 菜月さんありがとう、助かったよ。

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