甘い、甘くない

「……徹、百貨店に行く予定は…?」


 美奈から尋ねられた先の予定は、一見俺には結びつかない百貨店という単語。だけど、今の俺にはここに出向かなければならない用事がある。百貨店と書いて戦場と読む、そんな催し物が開かれているのだ。


「あります」

「……戦争…?」

「ああ」


 去年も同じ戦場に乗り込んだ時、満身創痍でゼミ室に戻った俺は美奈とリンにあれは戦争だと感想を伝えた。そう一言呟いた時の表情がとても凄惨な様子だったとは美奈。リンは俺の行動に理解を示せなかったようだが。

 この時期の百貨店で開かれているのは、チョコレートの祭典だ。国内外の有名ブランドの新作や、星港限定セットなどが当たり前のように登場していて会場にはそれを求める人たちでごった返す。

 それこそコミフェなどのようにあらかじめどこの店をどのように回るかを調べて計画を立てておかなければならないし、数に限りのある物は無くなって当然。列が出来るなど当たり前。最後尾札なんかも登場する。


「私も、行ってみたい……」

「どうした、美奈がチョコレートフェスタなんて」

「ハイカカオの物が、美味しい……」


 前にこれとは別にチョコレートのイベントがあったときに、美奈にカカオ分の高いチョコレートをテイスティングしてもらったことがある。美奈は甘い物が食べられないけれど、騙されたと思って食べてみてくれないかと。

 すると、悪い反応ではなく、それからはコンビニなどでも買える物を机に忍ばせていたように思う。カカオ分が70%以上の物であれば甘い物が苦手な美奈でもまあまあ美味しくいただけたそうだ。


「いいか美奈、あそこは戦争だ」

「買い物は、戦争……」


 お前と違って私は日頃からそんなような場所に出向いて服などを買っているのだ、と言いたげな顔だ。確かに俺はコミフェかチョコレートフェスタくらいしか人混みに特攻することをしないけれど。

 買い物自体が戦争で、身構えなければならない事柄。さあ早く資料を出せと言わんばかりの美奈なのだ。俺はこの催事のウェブページを表示して、これこれこういう感じで開かれるみたいですと解説をする。


「カカオ分の高い物は……」

「だったらこういうのかな」

「とりあえず、ここと……これ、興味深い……」

「ああ、レーズンがビターチョコで包まれてるのか」

「……だけど……こう、カタログを見ていると、見ているだけでいいと言うか……」

「確かに、それ自体が芸術品だからな最早」

「箱も、凝っていると思う……だけど、私は食べられない……箱は欲しいけど、中身が……」

「中身は俺に任せてくれれば」

「……確かに」


 俺は出来ることなら多くの種類を食べたいし、美奈は食べられないにしても箱が欲しい。もしかしたら利害が一致しているのではないかと目を見合わせる。とりあえず、共闘することに決まった。

 こうして見ていると一粒一粒がかなり凝っているし芸術品だ。個性派枠として紹介されていた惑星チョコやキャラものなんかもいい。美奈からすれば、見た目に宝石。俺からすれば、それを頬張って納得。そんなような嗜好がぎゅっと詰まっている。


「ところで、箱なんてどうするんだ?」

「手芸のパーツ……扱うパーツの数が増えて来て……」

「ああ、なるほど。整頓したいのか」

「そういうこと……」

「でも、それなら外から何がどれだけ入っているかとかが見えた方がいいんじゃないか?」

「どうせなら、綺麗な箱がいい……それ以上言うなら、マリーを……」

「口が過ぎました」


 あの白い悪魔を連れて来られようものなら顔面がズタズタにされてしまう。パーツの種類や在庫数の把握なんかは見えなくてもしっかりやれるのだろうと無理矢理納得することにした。俺は中身をいただく立場なので口答えは致しませんとも。


「……百貨店の催し物だから、単価が高め……予算に、悩む……」

「え、これくらいなら普通だし同人イベントとチョコレートに予算を気にしちゃいけないって言うだろ」

「聞いたことは、ないけど……」

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