どの筋を通すんだ?
「星羅、ミカンもらったけど食べるか」
「食べるんだ!」
星羅の家は星港と比べると山に近く、夜の冷え込みも結構大きい。そりゃ、山だ山だと言われている向島大学のすぐ下だから、寒い。だからなのか、リビングにはこたつが出ていた。
いただきますなんだ、と星羅はまるまるとした大きなミカンに手を合わせ、皮を剥き始めた。冬になったなあと思う。こたつにミカン。俺もついうっかりぐうたらしてしまう。人の家なんだけど。
「泰稚、このみかん誰からもらったんだ? 今日はサッカーの日だったんだ」
「ああ、えっとー……持って来たのは洋平だけど、出所は確か朝霞、だったかな」
「山羽のみかんなんだ!」
「朝霞ってことはそうかもしれないな」
「今度朝霞にお礼を言うんだ」
筋を取らずにそのままパクパクとミカンを口に放り込む星羅の勢いがすごい。俺が筋を取っている間にもう1個丸々食べてしまった。そして2個目に手が出ている。
俺が今日もらってきたのは5個だ。このままだと星羅に全部食べられてしまうんじゃないかとすら思う。誠司さんは仕事でいないにしても、お母さんときららの分は取っとけと思う。
「星羅、お母さんときららの分は取っとけ」
「おいしいんだ。つい手が出るんだ」
「じゃあ俺の半分食べるか」
「泰稚のは筋が取ってあるんだ。ボクは筋も食べたいんだ」
「俺は筋を取りたいんだ。邪魔じゃないか? もそもそするし」
「筋も食べるといいんだ。栄養がいっぱいなんだ。食物繊維でもあるんだ。ちなみにこの皮はカラッカラに乾燥させると漢方として使えるんだ」
如何せん星羅にこのテの話をさせると生き生きとして長くなる。それを聞くのは別に嫌じゃないけど、長くなるなら「お前がそうやって筋を取るのは勿体ない行為なんだ」という結論を先に言って欲しい。
筋も食べたいなら筋を食べるかと剥いた筋を差し出すと、そうじゃないんだと叱られる。うん、まあ、ミカンの筋だけ食べるって普通はしないと思う。食べるなら実と一緒にだと思う、普通に考えて。
「漢方はいいけど、農薬とかも使ってるだろ」
「そういうのが心配なら家事に使えばいいんだ。オレンジオイルって聞くんだ」
「ああ、そういや何かこないだもらった洗剤、オレンジオイル配合って書いてたな」
「何に使うにしても、もちろん正しいやり方を調べる必要があるんだ。特に、口にする物は用法用量を正しく扱わないと毒になるんだ」
筋の取られたミカンを口に運びながら、俺は星羅の演説に耳を傾けていた。星羅はあまり真面目な話をしない。こう言うと語弊が生じてしまうけど、真面目な話は星羅のことを分かって、受け入れる人間に対する話題なのだ。
身体が弱かったとか、元気になった今も薬は持ち歩いているとか。そういうことをあまり人には話したがらない。須賀星羅は元気で、単純で、少しおバカなくらいがボク自身も元気でいられるんだと星羅は言う。
「ボクはみかんのいい匂いが好きなんだ」
「うわっ! 星羅お前、汁飛ばすな。眼鏡が汚れたじゃないか」
「ティッシュ使うんだ?」
「ったくもう」
でも、確かにいい匂いなんだ。本来もっと怒っていいはずなんだけど、ミカンのいい匂いで何か気が楽になってると言うか。こたつの効果もちょっとあるかもしれない。スタジオ練習の時には入り込まないようにしないと。
「じゃあ、ミカンの皮を風呂に入れるとかもやってるのか?」
「それも考えたことがあるんだ」
「やってはないのか」
「やり方に諸説あってどれが正しいのかよくわからないんだ」
「用法用量をちゃんと守ろうとするとそういうところで思い切りが出ないんだな」
「あっ、でも冬至の日にはちゃんとゆず湯にしてるんだ」
「そういうのはちゃんとやるのな。カボチャは?」
「かぼちゃも食べるんだ」
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