所為とおかげのすれ違い

「雄平ー! おーい、ゆうへーい!」


 学内を歩いていて久し振りに見かけた雄平は、スマホと睨み合って難しい顔をしていた。嬉しいような顔でもあるけど辛そうな顔でもある。滲んでいる感情が一言では言えない、そんな顔。

 雄平はアタシの呼ぶ声からワンテンポ遅れて顔を上げた。スマホを伏せて、何事もなかったかのように「よう」と左手を翳す。アタシも同じように「久し振り」と返す。


「何見てたの?」

「ああ、ちょっと」


 優しいなりに雄平は物事をはっきりと言う方だとアタシは思っている。その雄平が言い淀むなんて、よほど重大なんだろうなと。アタシは論外として、雄平も割とオープンな方だから。秘密が少ないとも言うのかな。


「水鈴、聞かないのか?」

「そこまで強引じゃないよ、気にはなるけど雄平が言いたくないなら別に」

「……じゃあ、聞いてくれるか」


 食堂に移動して、ゆっくりと話すことになった。あったかいお茶が美味しい季節。でも、季節問わず寒い星ヶ丘大学の食堂じゃすぐに冷めちゃうんだろうな。


「この動画だ」

「……これ、リハビリ?」

「だな。地元の……親友って言うか、まあ、深い付き合いの友達だな」


 映像では、雄平の友達の子が機器を身体に装着して歩く訓練をしている様子が映されていた。

 雄平の専攻は、義肢とか身体の補助装置の研究開発分野。同じ部活の友達が生活にも支障の出る大怪我をして――という話は聞いていた。映像は多分その子。

 また、あの何とも言えない表情を浮かべていた。目をわずかに薄めて画面をじっと見ている。雄平の頭には、地元にいた当時の記憶や彼の事が過ぎっているのかもしれない。


「俺が今の道を選んだのは、端的に言えばコイツの事故がきっかけだ。他にもいろいろ絡んではいるけど、大部分は」

「うん、それは聞いた。友達が大怪我して、っていうのは」

「部活の練習中に、俺と交錯したんだ。俺はちょっと額を切ったくらいで全然無事だったんだけど、アイツは頸椎やっちまって」

「頸椎って、麻痺とか残るヤツだよね」

「アイツは「車いすを自分で扱えただけマシだし、自分が守備範囲無視して突っ込み過ぎた所為だからお前は気にするな」って言うけど、俺は到底そんな気にはなれなくて」

「ずっと、気にかかってるんだね」

「俺も周り見えてなかったし、アイツが近付いて来てるのに気付いてたらって。声をもっと出してたらとか、考えたらキリがない」


 その友達を自分が歩けるようにしてあげたいというつもりはないそうだけど、その友達の姿から雄平が今の道に進み始めたのは事実。筋トレ以外の人体の仕組みを勉強し始めたのもそれから。


「アイツも頑張ってるし、俺も頑張らなきゃいけないとは思うんだけど。今の俺がアイツに出来ることもないだろ。こう、歯がゆいと言うか」

「んー。それってさ、雄平の悪いトコだよねぶっちゃけ」

「は?」

「起きてしまった事に対して“自分の所為で”って考え過ぎるところがね。あの時自分がこういう行動を起こしていなければ、この人には今と違う未来があったはずだ。自分は相手にどう償えばいいだろう、っていう考え? この友達だけじゃないよ。雄平は、俺の所為でって言い過ぎ」

「言うほどそんな風に言ってるか?」

「言ってる。部活の話になると絶対言ってるもん。俺の所為で朝霞と洋平はって」


 少し思い当たる節が出てきたのか、雄平はばつの悪そうな顔。だけど、ここは敢えていつもの勢いで言わせてもらおう。多分、アタシにしか出来ないことだから。


「その人が置かれてる状況が果たして雄平が思うほど悪いのか、的な? 進路にケチをつける気はないけどね。親友の子はわかんないけど、カオルちゃんに関しては間違いなく雄平が考え過ぎ」

「今はどっちかって言うとアイツのことの方が深刻なんだけどな」

「でもさ、アタシがその親友の子だったとしてさ。自分がケガしたから雄平の将来を縛っちゃったっていうのも嫌だよ?」

「いや、きっかけではあるけど縛られたワケじゃ。あくまで、俺の意思だ」

「じゃあそんな顔すんのやめよう! 自由なんだから。フリーダムバンザイじゃん! あーお茶が温い! 雄平お茶おかわり! あっつ~いのね、あっついの!」


 熱いお茶を淹れ直して戻って来た雄平は、アタシの前に湯呑を置くなり呆れたような笑みを浮かべた。お前と話してると何もかもがどうでもよくなる、って。

 それがたとえ一時的だったとしても、少しでも気が楽になったなら良かったと思う。アンニュイな顔もそれはそれでいいけど、ずっと見ていたい物ではない。


「水鈴、気晴らしにバッセン付き合え」

「行くッ! あのね雄平、実は今度バッティングセンターでロケがあってさ、練習したいんだよ。コーチお願いしていい?」

「気休め程度でよけりゃ見てやる」

「やったーッ! バッセンデートッ!」

「そんな解釈するならやっぱ連れてくのやめる」

「あーウソウソッ! 真面目に練習しまーす」

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