名前のないそれを知る日

公式学年+2年


++++


「高木先輩助けてください! シノが風邪ひいて来れないって」

「またなの!?」


 俺が1年生のときの初心者講習会では、番組をやる上で本当に大事なのは「体調を整えること」だと習ったけれど、今の2年生にはそれが伝わらなかったのだろうか。

 いや、今の2年生が受けた講習会の講師は果林先輩と野坂先輩だったから、絶対に伝わってる。俺も対策委員で講習会の現場にいたし。意識がなってないのはシノだ。

 ――なんて、オープンキャンパスに引き続いての病欠に内心イライラしながらも、助けを求めて来る子たちに罪はない。ちょうど俺もスケジュールは空いてたから、いいよと返事をして。

 本当は果林先輩と学祭を回ってる予定だったんだけどなあ。それがこうして大学祭期間中は辺境となるラジオブースに軟禁されるのに逆戻り。天から地に突き落とされた気分だ。


「高木ドンマイ」

「ホントだよ」

「つかシノって体弱いのか? オープンキャンパスんときもお前が緊急登板してたじゃん?」

「俺が聞きたい」

「何とかな子ほど可愛いって言うけど、エライ目に遭ったな」

「可愛くないよ、もう」


 鵠さんが応援に来てくれて、曲の合間に雑談を。そして、この番組でパーソナリティーを務めているササが俺にすみませんと頭を下げるのもデジャヴ。


「あ、千葉ちゃんと市川さんだ」


 顔を上げるとブースの前を歩く果林先輩と目が合って、先輩はこっちに向かって手を振ってくれる。果林先輩の横には市川先輩がいて、何やら楽しそうに話している。

 本当なら今頃俺もああやって学祭を回ってたんだろうなと思うと、単純にいいなあって。ミキサーを触るのは別に嫌じゃないけど、何で今かなあって。


「高木先輩?」

「おい、高木、曲終わってる!」

「えっ!? あっゴメン、マイク上げます」


 うわ、やっちゃった。1年生の頃から今までで始めての大ミス。それからは気を引き締めてやってたけど、それでもちょっとショックだ。番組を終えて、大きく息を吐く。


「ササ、ゴメン」

「いえ、大したブランクじゃなかったですし大丈夫です。シノが来たらシメるんで」

「シメるなら俺の分もお願いしつつ、ほどほどにね」

「つーか高木、どうした」

「……何か、ちょっと」

「ササ、悪い。ちょっと外してくれ」

「あっ、はい」


 自分でもどうして急に意識が番組から離れたのかがわからない。鵠さんと2人で、あの時何が起こったのかを振り返る。


「事故ったのって、千葉ちゃんと市川さんが通りかかった後じゃんな」

「うん、そうだね。何か、いいなあとか、本当は俺もああしてたんだろうなとか、シノがちゃんと来てたらなあって思っちゃって。元々シノに対してちょっとカリカリしてたから、それを引き摺ったのかも」

「まさかとは思うけど、妬いてたのか?」

「えっ」

「市川さんに。いや、元々この時間って、お前が千葉ちゃんと約束してたじゃん? 千葉ちゃんと一緒に学祭回るの楽しみにしてただろお前」

「別に、市川先輩にどうこうは思ってないよ」


 それは本当。いいなあとは思ったけど、それは大祭を回ってるのがいいなあって。でも、それがどうして妬くとかって。妬くって何を? やきもちだよね。それはわかんないや。

 あー、わからなくなってきた。ぐるぐる回ってイライラする。今日はもうダメだ。いや、まだやることは残ってるんだからしっかりしないと。


「あっタカちゃんいた!」

「果林先輩」

「大丈夫!? どうかした? 具合でも悪い?」

「えっと、何がですか?」

「ううん、タカちゃんがあんなブランク作るって見たことなかったから」

「……体は何ともないですし、単なる凡ミスです。それより、市川先輩は」

「ナギなら練習するからーってグランドに行っちゃったよ。あっ、タカちゃんまだ時間ある?」

「あと30分くらいですかね」

「学祭回ろっ」

「……はい」


 鵠さんが行って来いと背中を押してくれて、俺はあと30分の自由時間を謳歌することに。とりあえず、お腹空いたから何か食べたいなあ。

 どのブースの何が美味しいという情報は果林先輩が教えてくれて、その情報を元にGREENsの唐揚げを食べに行ったり。

 楽しいには楽しいけれど、どこかもやもやが残っていて。俺はそれをシノの所為にしつつも、名前のない、初めての感情を持て余していたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る