正座のお化けちゃん

 えーと、触れていいのかいけないのか。学祭の準備でサークル室に入ったら、イスの上でお化けが正座してた。正確に言うとお化けっぽい顔を描いた白い布を被った誰かが正座している。

 おはようございますと部屋に入ったときの挨拶で顔が少しこっちを向いたような気がするけど、挨拶が返って来るわけでもなくただただイスの上で微動だにせずそこにあるのだ。

 そのお化けは何となく体積が小さめ。俺と同じかもっと小さいくらい。だから3年生の先輩とL先輩ではなさそうだ。そもそも、どうしてお化けなんだろう。ああ、そっか。ハロウィン。


「え、えーと……トリックオアトリート?」


 すると、そのお化けはスッと片手を上げ、違う違うとその手を横に振った。お菓子が欲しいんじゃないのか。誰なのかもわからないし、いいや、ほっとこう。

 ミキサーの電源を付けて、しばしの間練習。その間も、お化けは微動だにすることなくそこにあった。何か害を及ぼすでもないから、特に居られて困るということもなく。


「おはよー」

「伊東先輩おはようございます」

「あっ、タカシ来てたの。わっ、お化けがいる」


 伊東先輩もお化けの存在に気付いたのか何だろうとその白いものを覗き込む。すると、お化けはスッと伊東先輩に向けて手を差し出すのだ。


「トリックオアトリートだね。イタズラされちゃ困るし、はい、クッキー」


 お化けは伊東先輩からクッキーを受け取ると、ぺこりと頭を下げた。わざわざハロウィンで配る用のお菓子を持って来てる辺りがさすが伊東先輩だ。俺は食べ物すら持ってなかったし。


「伊東先輩、これ、誰ですか?」

「わかんない」

「え、それってマズいんじゃ」

「でも、サークル室の鍵を開けたのが高ピーってことは、高ピーの権限で部屋に入れる人だろうから」

「あれっ、高崎先輩は」

「大祭実行さんと打ち合わせじゃないかな」


 そんなことを話している間にも、ぽりぽりという音がお化けの中から漏れている。そして伊東先輩は俺にもクッキーをくれた。例によって丁寧にラッピングされている。

 ミキサー席から離れて俺もクッキーをつまむ。うん、今回も美味しい。美味しいですと感想を言うと、お化けも俺の言葉と一緒にお辞儀をした。どうやらお化けにも味覚があるらしい。


「本当に、誰なんですかね」

「うーん、大きさ的に3年生とL、それから果林ではなさそうだね、おかわりを求めて来ないし」

「ハナちゃんですかね、いたずら好きですし」

「ハナちゃんにしては大きくない?」

「そうですね。じゃあエイジか五島先輩くらいのサイズ感ですかね」

「あ、そんな感じだね」


 お化けの中身は155センチから165センチくらいと推定。害がないからいいけど、誰なのかわからないのは少し不気味だ。すると、こっちをひょっこり覗き込む顔が。


「あ、いた。探しましたよ。隆志くんこんにちは。一瞬だけお邪魔していいですか」

「あ、実苑くん。いいですか、伊東先輩。俺の学部の友達で、美術部の子です」

「うん、いいよ。って言うか、このお化けに心当たりあるような感じ?」

「すみません宏樹先輩が。と言うかお目当ての人には会えたんですか」

「待ち伏せてるんだけど帰ってこない」

「わっ、喋った。って言うか、声的に長野っちかな?」

「ぴんぽーん」


 そう言ってお化けは化けの皮を脱いだ。中から現れたのは、決して大きくはない男の人。薄ら笑いを浮かべたような感じの。何か、感じ的に伊東先輩とは顔見知りなのかな。


「またどうしたの、こんなところで」

「火曜日は緑大の授業受けに来てるんだよね、単位交換制度で」

「あ、そうなんだ」

「それで、せっかくだし高崎を驚かせようと思って」

「伊東先輩、この人は?」

「青敬の3年生で、前対策委員の長野っち」

「どうもー」

「そういうことならもう少し待ってていいよ」

「ありがと。カズ、クッキーごちそうさま」

「お粗末様です」


 それだけ済ませると長野先輩はまたお化けになって高崎先輩の帰りを待つのだ。実苑くんも、もう少しだけですよと美術部の部室へと帰って行った。実苑くんと長野先輩は高校の部活の先輩後輩らしい。

 そして、心なしかこれを面白がっているような伊東先輩だ。まるで、長野先輩に驚かされる高崎先輩の様子を楽しみたいと言わんばかりの歓迎ぶり。いや、俺も興味がないと言えば嘘になるけど。


「多分ね、素の高ピーが見れると思うんだよ」

「素の高崎先輩ですか」

「長野っちとの相性ってヤツかな」

「相性ですか」

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