その誰か一人になれたら

公式学年+2年


++++


 昼も夜もないスタジオは、大学祭の準備のためにフル回転していた。2年生から4年生がブースの準備をしていたり、大学祭の間もひっそりと行われるゼミのラジオの準備にも奔走。授業で制作した映像作品の上映会の準備っていうのもある。

 原付や車といった足のある人がコンビニまでひとっ走りして食料調達をしてきてくれると、作業で死んでいるみんなの顔がわあっと生気を取り戻す。今回の食料担当は4年生。あっ、きっとハンパない量だ。


「みんなー、ご飯だよー!」

「待ってました!」


 好きなの取ってねーと果林先輩や平田先輩が机の上にスーパーの袋を置いてくれる。ものすごい重量感だし、えっ、コンビニじゃなくてスーパーまで行ってた? まあ、車だったら割と近いけどさ。

 みんなお腹が空いてるから、我先にと好きな物を取っていく。まるでピラニアかハイエナ。俺はと言えば、最近はスタジオ泊が続いているし、先生に出された映像課題の編集が重なってバテバテ。食事に群がる元気もなく。


「タカちゃん食べないの?」

「あ、果林先輩。食べたいには食べたいですけど、あの群がってる中に入っていく勇気がなくて後でいいやと思ってたら、見事に食べられない物ばかりが残ってしまって」

「偏食も大変だね。あ、アタシの何かあげよっか。アタシはアタシで個別に買ってきてるし。何がいい?」

「え、でもそれは果林先輩のご飯で」

「いっぱい買ってきてるからね。カルボナーラ? コロッケパン? どれがいい?」

「あ、じゃあ、ボロネーゼを」

「あ、そっちか。そういう気分の日もあるんだね」


 ここにこもって作業ばかりしているから、少し気が滅入っていた。体力も削られてるしなかなかにしんどい。みんなががやがやしてる場にいるのも、耳からカリカリしてきちゃって。

 結構しんどくなってきていたから、寝床にしている防音スタジオに閉じこもることにした。防音扉という物がすごいなあと思うのは、分厚い鉄の扉1枚でみんながいる賑やかなスタジオとは一線を画すこと。

 せっかくもらったボロネーゼを食べる元気もなく、ベッド代わりのベンチに横になる。横になると一気に体が重くなって、今日はもう起き上がれないだろうなと思うくらいにはどっと来る。


「タカちゃん、大丈夫?」

「はい、少し休めば大丈夫だと思います」

「無理しちゃダメだよ。キツかったら休んでいいんだからね」

「はい」

「ちょっと顔赤いけど、本当に大丈夫? 熱ありそうな感じだけど」

「少しだるいですけど、熱ってほどですかね」

「ちょっとデコゴメンね。……うん、熱い! 冷えピタ取ってくる」

「あるんですか?」

「去年オープンキャンパスでやらかしたときのが残ってる」


 そんなこともあったなあと思い返しながら、目を閉じた。そのまますーっと寝られそうな感じ。何か凄く健全な時間に寝ようとしてる。これはこれで悪くない。間髪置かずに一瞬外の騒々しさが漏れてくるんだけど。


「ただいま。冷えピタ持ってきたよ」


 果林先輩が額にそれを貼ってくれて、その流れのまま手が俺の頭を撫でる。


「タカちゃんは、頑張ってる。エラい。よくやってる」

「……え…?」

「誉められて悪い気はしないでしょ?」

「まあ」

「動画と音声作品の編集頑張ってる。その上に学祭の準備も重なってるのに。MBCCでも機材部長として走り回ってエラい。当たり前になりすぎちゃってるけど、誰か一人くらいタカちゃんを誉める人がいてもいいと思うんだ。タカちゃんエラいぞ!」


 確かにそう言われて悪い気はしなかった。頭を撫でられるとか帽子をかぶるとかも本当は嫌いだけど、今はほっとすると言うか、嬉しいと言うか。体が弱ってるからか、どこか無意識のうちに不安になっていたのかもしれない。


「タカちゃん、このままくーっと寝ちゃう? それならアタシ外出るけど」

「あ。このまま、いてもらっていいですか?」

「うん、いいよ。そういうことを言えるようになっててエラい」

「もういいですよそれは。でも……果林先輩は、優しいです。近くにいてもらえると、ほっとします。いつも元気で、エラいです」

「え」

「あ、えーと……果林先輩を誉める人がいても、いいかなと思って。いつもありがとうございます」


 果林先輩にいてもらったまま、俺はひとまずくーっと寝てしまうことに。明日はMBCCの方でも準備があるけど、エイジにお願いしよう。

 今までの頑張りは決して見返りを求めていたワケじゃないけど、何か、こうして誉めてもらえるのは悪い気はしないなって。少し休んで体が楽になったら、あともう少し頑張ろう。

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