silent documentary

 大学祭が近付くと、曜日も何も関係なく作業に次ぐ作業。日曜日は授業も無く、絶好の作業日。僕は菜月さんに呼び出され、彼女が黙々と筆を動かすのを見守っていた。誤解のないように言わせていただくと、手は出すなと言われているんだよ。

 MMPでは大学祭で金曜日にDJブースを、そして土日に食品ブースを出展することになっている。どのブースを出しているかによって看板を掛け替えることになっているのだけど、それを作るのは菜月さんだ。

 彼女がサークルメンバーの中で一番時間があるというのもあるし、こういう作業が得意だという事情もある。だけど、2枚の看板とタイムテーブル、それからその他首提げ看板なども彼女1人が手掛けなければならないのはなかなかにしんどいだろう。

 ただ、僕はこういう作業が大の苦手だ。昔から図工や美術の成績はすこぶる悪かった上に菜月さん自身の完璧主義が手伝って手は出させてもらえない。僕の仕事は主に買い出しと、孤独な作業を見守り、時に話し相手となることだ。

 寸分の狂いもなく引かれる線に、ムラなく塗られる絵の具。眼差しは職人そのもの。曰く、昨日も昼放送の収録前に例によって遅刻してきた野坂を待ちつつ作業をしていたそうだ。おかげで結構進んだ、と皮肉を。

 彼女の作業を黙って見守ることも、苦ではない。逃げ場のない2人だけの部屋で、興味もない野球の話を延々と聞かされるよりはずっと居心地がいい。実は今日も、こういう目的で出掛けることを非難されてきたところだ。


「圭斗」

「何だい?」

「CDを替えてくれないか。ホルダーはデッキの上にあるから」

「ん、これだね」


 適当なCDを取り出し、BGMを変えると彼女はまた作業へと戻っていった。この装飾の仕事に関しては、僕はこのポジションに就かせて貰っているということを誇りに思うほかない。1人が好きで孤独を嫌う菜月さんの心を支えるという大事な仕事だ。

 基本的に1人で作業することを苦にしない菜月さんだけど、心が折れそうになることはあるそうだ。そんなときに、誰かがいるのといないのとでは大違いだと。僕は物作りでは力になれないけど、足にはなれるし、そこにあることは出来る。

 雑記帳を読みながら、何曲かを聞いた頃だろうか。食品ブースの看板の背景が赤で埋められていた。キリのよいところに来たのだろう。筆を握り四つん這いになっていた彼女は体を起こし、大きく息を吐く。


「圭斗、暇だろ」

「ん、そうでもないよ。雑記帳は菜月さんとりっちゃんのウィットに富んだ記事が面白いし、職人としての菜月さんを見ながら頭の中でナレーションを流すんだよ」

「は?」

「ドキュメンタリーのようにね」

「ああ、なるほど。って言うか勝手に人をコンテンツにするな」

「ん、失敬」


 食品ブースの看板がキリ良しになったかと思えば、続いてはDJブースの看板に取りかかるのだから菜月さんは働き者だ。いや、そうさせているのは僕たちの不甲斐なさでもあるのだけど。


「ところで菜月さん、ひとつ聞いてもいいかい?」

「何だ」

「僕はこのキャラクターをどこかで見覚えがあるのだけど、どこで見たのかな」

「野球に詳しくなくたって、ネットに張り付いてるなら1回くらいは見てるだろう。畜生で名高いかの鳥だ」

「ああ、なるほど。ん? 畜生をDJブースの看板にするのかい?」

「基本MMPはムライズムでラブ&ピースの極悪非道な畜生集団なんだからいいじゃないか。それとも、お前が何か別のデザインを出した上でそれを描いてくれるのかと」

「申し訳ございませんでした」

「いや、圭斗は買い出しもしてくれてるし、来てくれてるからいいんだけど」

「……菜月さん、これが終わったら食事でもどうかな」

「どうした、彼女が怒るだろ」

「いいんだよ。少し野球と彼女についての相談があって。こないだは聞く相手を間違えたからね」

「圭斗がうちに恋愛相談なんて世も末だな」

「生憎、野球は専門外なんだ」


 やることがないなら3年生番組のネタでも考えててくれないかと別の仕事をいただいて、僕は番組、彼女は看板の作業へと分かれていく。泣いても笑ってもあと2週。僕は……僕たちは、ここに何を残してこれただろうか。

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