予防線と暗闇の使者

 思えば、ここ最近は朝霞班のブースでおかしなことが起こりすぎている。

 須賀の巾着が出てきてみたり、小道具の剣が折られていたり。1日12時間ほどをこのブース近くで過ごしているにも関わらずそんなことが起きているからには、夜の間に何かが起きていると考えるのが自然。

 丸の池ステージ前日の夜。ここで何も起きないという保証はない。これ以上小道具を壊されたり物が盗まれても困る。俺は宇部に話を付けた上でブースに残ることにした。何も起きなければそれでいいし、何かあれば追い返す、それだけだ。


「朝霞クン、本当に大丈夫? 俺も残ろうか」

「大丈夫だ。2人だと気配が大きすぎる」

「でも、1人だと危なすぎるよ」

「そうだよ朝霞サン。連中は朝霞サンを殺す気だし、ボディーガードに洋平を置いといた方がいいって」


 戸田の表現は殺すとか殺されるとか、実に物騒だ。だけど、命の危険を感じたこともあるし、強ち冗談で済まないような状況ではある。俺はステージ以外の場所で死ぬ気は毛頭ない。


「由宇ちゃんに頼んで魚里班のブースに潜ませてもらえないかな~。向かいから証拠映像を撮れればいいんだけど」

「うお姐ならわかってくれるだろ。頼んでみれば?」


 そしてあれよあれよと山口は魚里とコンタクトを取り、俺が残るなと言うのも聞かずに残りやがる。そんなワケで、俺と山口を残して宇部がミーティングルームの鍵を閉めた。現在時刻は午後11時。


「山口」

「なに?」

「開けてて落ち着かない」

「朝霞クン、声絞ってね~」


 真っ暗なミーティングルームは、厭に静かだ。部屋の扉が閉まっていることもあってブースの入り口は開いている。部屋の扉を閉めることによって朝霞班のブースをこの部屋に無かった物にする日高の工作だ。それが今は気色悪さを生む。

 他の班のブースはパーテーションで仕切られている。入り口も、帰りにはきちんと閉じられる仕様だ。魚里班のブースに潜む山口は、わずかな隙間から何かがあったときのためにカメラを回している。

 1時間ほどが経った頃だろうか。今のところは何も起こっていない。光漏れも厳禁ということで何の作業も出来ず、退屈が睡魔を招き始めた頃合いだった。


「朝霞クン、人の気配がする」

「……マジか」


 足音が聞こえるわけでもない。だけど、確かに俺たち以外の誰かがこの建物にいる気配がある。守衛だったら堂々と歩くだろう。気配を消すからには、何らかの理由がある。眠気は一気に冷めた。

 ドアの向こうで、チャリ……と金属の立てる音がする。ググ、と何かが刺さり、鍵が開いた音。俺は懐中電灯に手をかけたまま、息を殺した。キィ……とドアが開いて、次の瞬間だ。


「うわっ…!」


 懐中電灯で照らした先には、目出し帽を被った男。まさか人がいると思わなかったのか、それとも光で目が眩んだのか、驚いたような声が漏れる。男は慌てて逃げようとするも、後ろは山口に抑えられている。


「あんまり荒っぽいことはしたくないんだけど、ゴメンね~」


 山口が男の後ろ手を取り、身動きを取れなくする。山口との体格差を見る限りそこまで大柄ではないし、線も細い。


「朝霞クン、ここの合鍵持ってるね」

「そうか」

「ちょっと聞いてみるけど、星柄の巾着って知ってる?」

「……須賀班で盗まれた物ですか」

「小道具の剣は」

「高そうな物をやれば打撃になると言われました」

「朝霞クン、この帽子どうする? 剥ぐ?」

「いや、いい。……お前がどこの誰で、誰の意志でここに来たのかはどうでもいい。俺が……朝霞班が勝負するのはステージの上だ。もちろん、その相手はお前たちじゃない。目的を履き違えるな」


 幹部だろうと反体制派だろうと流刑地だろうと、ひとつのステージを作り上げる以上は身内だ。その身内で潰し合いが起こることほど下らないことはない。目的が違うだろと思う。その労力をステージに向けろと。


「今後もこういうことを続けるなら来ればいい。ただ、何人たりとも俺たちを止めることは出来ないからな。そのつもりで来い」


 山口に男を解放するよう指示すると、奴は何も取らずにそそくさと逃げていった。今回のところは無事に明日を迎えることが出来そうだ。


「朝霞クン、思った以上にクロだったネ」

「ただ、俺たちが勝負するのは」

「ステージの上、でしょ? 大丈夫。俺はわかってる」


 まだ深夜1時にもなっていないからセーフだろうか。宇部に一部始終を報告だけして朝を待つ。夜が明ければいよいよ丸の池ステージ当日。いつもなら一睡もせずに迎えていたけど、今日は山口という監視役がいる。嫌でも仮眠を取らされるだろう。


「宇部は6時半にここの鍵を開けに来るそうだ」

「朝霞クン、6時まで仮眠取る?」

「ああ。でも本番前に5時間も寝るとか勿体な」

「くない。寝るの」

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