ハンズフリーの策略

 丸の池ステージ当日。いよいよやってきた本番の日。8時半から現地で準備があって、ステージは10時から4時まで。それが2日間。朝霞班は両日2時台の枠を担当することになっていて、その他の時間は警備の仕事がある。


「はい、持ち物検査! 塩タブレット」

「よし」


 つばめ先輩の声に合わせて必要な物を確認していく。それがオッケーなら、みんなで「よし」と返事をする。


「水分」

「よし」

「帽子」

「よし」


 警備の仕事に回るとあって、他の人のように日陰でステージの準備が出来るわけでも休めるわけでもない。体調を崩さないように準備を整えなくちゃいけない。帽子もばっちり。

 そして、この日のために密かに朝霞先輩から頼まれていたアイテムがある。俺には朝飯前のちょっとした縫い物。きっと朝霞先輩はこっそりとそれを身につけているんだろうと思う。


「朝霞先輩、まさか本当に」

「タブレットと小銭を入れてある。連中のボディチェックも下着の中には及ばなかったからな」


 朝霞先輩からのオーダーは、下着の内側にポケットを作って欲しいというものだった。こないだ朝霞先輩が熱中症で倒れてしまった時には、ボディチェックをされて熱中症予防のアイテムを全部没収されたそうだ。

 それを踏まえた対抗策として、大事な物はパンツの中にしまえという作戦。これが空港での密輸取り締まりとかだったら体の中にまで及ぶボディチェックも、部活のそれではさすがにそこまでではなかった、とかで。


「だからってパンツ改造するとか朝霞サンにはドン引きだわ」

「それくらいしないと命の危険があるから、多少はね~……」


 ショルダー式のペットボトルホルダーを提げて、その中に塩分タブレットも入れて。出来ることはみんなやる。それにいちゃもんをつけられても、警備が倒れてたら意味ないじゃないと言い張ればいいんじゃない、とは山口先輩。

 そんなことを話していると、俺たちの輪に音もなく近付いてくる存在が。目がすっかり隠れたマッシュヘアーの子。確か同期だったとは思うけど、あまり喋ったことはなくて、謎に満ち溢れている。


「朝霞班ですね。会場警備に当たり、荷物は置いて行ってください」

「貴重品の管理は各自の責任だと宇部は言ったが?」

「警備中の飲食は気の緩み、とのことです。不審者の動きを把握し、部員を守るのが警備の仕事です」

「はあ!? クソだろ殺す気か! 朝霞サンそんなの無視だって!」

「う~ん、伝聞なのが気になるネ。誰に言われて来てるのかな?」


 警備中の飲食は気の緩み。つまり、水分とタブレットを置いて行けということ。もちろん、そんなことをすれば結末は見えている。戸惑い、反発する俺たち班員に下がるよう指示して、朝霞先輩が一歩前に出る。


「俺は班員の命を預かっている。コイツらをどうこうするならまずは俺を殺せ」

「……そこまでは」

「そういうことだろ。この炎天下の中で、水分も塩分も取らせずに警備させるということは、死ねと言われたのと同義だ。どうしてもコイツらから持ち物を奪うと言うならまず俺をやれ」

「いえ、その……」

「どうした、俺は丸腰だぞ」


 両手を広げ、武器などないことを示す朝霞先輩の気迫が凄まじい。早く殺せと迫る圧が。胴にダイナマイトを括り付け、火を掲げているようにも見えるんだ。そして、言葉ではなく目だけで相手を怯ませている。


「朝霞クン、この子は自分の意志で来てるワケじゃないよ」

「だろうな」

「もしこの子が俺たちから荷物を下ろさせるのに失敗したら、何かあるんジャない? キツ~イお仕置きとか」

「おい、お前にも自分の班があるだろ。ステージの準備はいいのか」

「俺の仕事はこれなので」

「それなら監視でも何でもすればいい。だけど、俺はステージ以外の場所で死ぬ気はさらさらない。それだけは覚えとけ」


 朝霞先輩がそう言うと、その子はフッといなくなってしまった。どこかの陰からこちらを見てはいるみたいだけど。この一件でつばめ先輩がカリカリしているのを山口先輩が宥めている。


「って言うかさ、部の活動の中で事故ったら部長の管理責任なのわかってねーだろ」

「それを意地でも部長の責任にしないのが放送部なんだよ~」

「はー、クソかよ」

「いいか、ちゃんと水分と塩分は持って行け」

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