自由と平和のスパイスマジック

「さあ、ボクの最高傑作を食べるんだ!」

「いただきまーす!」

「おい、あんまがっつくなよ、カン」


 辺りに漂うスパイシーな香りが食欲を刺激する。固めに炊いた麦ご飯にたっぷりかけられたカレー。それを作ったのは、須賀星羅(すが・せいら)ちゃん。須賀班のアナウンサーで、スガノ君の彼女でもある。

 みんなにカレーをよそう星羅ちゃんは、何だろう、お母さんと言うか女神様と言うか。星羅ちゃんのカレーの前じゃ幹部寄りとか反体制派とか、流刑地なんかも関係なくなるんだからすごいよね。


「はい洋平。美味しいからいっぱい食べるんだ!」

「ありがと~」


 余談だけど、須賀班もどちらかと言えば反体制寄り。中立の鎌ヶ谷班と反体制の魚里班の間くらいの立ち位置にある。由宇ちゃんほどガッツリ戦闘態勢でもないけど、幹部が振りかざす権力には思うところがある、というくらいの。

 幹部寄りのスガノ君と、反体制寄りの星羅ちゃんっていう、部内的にはど~なのっていうカップル。だけど見ていて微笑ましいし、部活中は挨拶をするくらいで派手にいちゃついてるワケじゃないからここはみんな好感を持って見守ってるみたい。


「星羅おかわり!」

「どんどん食べて大きくなるんだ、カン!」

「大学入ってから身長伸びてねーよちきしょう!」


 ちなみにカンノ君、自称は168センチだけど絶対165くらいだよね。


「でも~、星羅ちゃんのカレー本当に美味しい。これはなかなか作れないよね~」

「カレー以外は可もなく不可もないんだけどな。カレーだけは特別美味い」

「あれあれ、スガノ君惚気?」

「ちょっとうるさいけど、ああやってみんなに笑顔でカレーをよそうところもいいと思う。うるさいけど」

「確かに、星羅ちゃんの声割れやすいしミキサー泣かせでしょでしょ~」

「どんなに悪い状況でも前向きになれるポイントを見つけて笑ってるから、すごいなとは。うるさいけど」


 変な意味はないけど、やっぱり女の子の笑顔っていいなって思う。星羅ちゃんの声は大きくて確かに割れやすいんだけど、あの笑顔はステージ上でも大きな武器。それに、すごく前向きなんだよね。俺が少し見習いたいポイント。

 星羅ちゃんが最後にスガノ君によそうカレーは、ルーとご飯の割合をしっかりスガノ君好みにしてあって、そういうところでも何かいいなって。あんまり派手にいちゃつきはしないけど、そういうささやかな心遣いがこのカップルの好きなところ。


「えーと、星羅ちゃんちょっといいかな?」

「どうしたんだ洋平、タッパーなんて持って」

「これに一人前のカレーライス、作ってくれないかな」

「持ち帰るほど美味しかったってこと!?」

「うん、そうだね。食べさせてあげたい人がいるってくらいには」


 スパイシーだからあんまり熱くしすぎると食べらんないかな。でも、電子レンジでちょっと温めるくらいだったら大丈夫だよね。手の届くところに置いとかないと食べてくれない時期だし、さっそく今日の夕飯にしてもらおう。

 きっと味なんて深くは考えてくれないと思う。だけど、食べてくれることが大事で。どうせ食べるなら栄養機能食品とかじゃなくて、ちゃんとしたご飯がいい。このカレーは飲み物にさせたくない。


「そーれ。たんと食べるんだー」

「ありがと~、今日の夕飯にしてもらうよ~。カレーだしスパイスで頭回るかな~」

「洋平、まさかとは思うけどそれは朝霞の夕飯か」

「星羅ちゃんのカレー美味しいから、現世に帰ってきてくれるかも~」

「ったく、アイツは本当に――」

「まあまあ。泰稚、どこの班も一生懸命なのはいいことなんだ」


 ごちそうさまでしたと手を合わせ、みんなで食器や調理器具の片付けをお手伝い。


「洋平、この暑さだ。片付けはいいから早く持って行け。ダメになるぞ」

「どうせなら美味しいうちに食べてもらいたいんだ」

「うん。そういうことなら。ありがとうスガノ君、星羅ちゃん」


 そして俺はカレーを携え、主が缶詰になってるであろうアパートの一室に向かうのだ。立場も何も関係ない、自由と平和のスパイスマジック。一瞬でいいからかかって欲しいんだ! ……なーんて、星羅ちゃんのマネしてみたけど、らしくないか~。

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