覚悟の夏と大人の事情
「さて、僕たちの戦いはこれからだ。決起集会と洒落込もうか」
「圭斗、最初から最終回のノリはダメだ」
今日の会議で、定例会メンバーには盆頃にある“向舞祭”への参加義務があることが告げられた。それなら最初からそう言ってくれていればよかった物を、まるで騙し討ちのように。確かに、最初からわかっていたらいたでちょっとな、とは思う。
スタッフとしての参加が義務づけられた俺たちは、さてこれからどうするどうなると大石の家で話し合うことにした。店であんまり長いこと喋るのも迷惑だろうしとの配慮。大石の家ならいいのかという疑問に対しては、大石が快諾したので問題なし。
「ちーちゃんちって流し台とかガスコンロとか、台所の配置がちょっと高い」
「えっ、そうかな」
台所では大石とカズが食事の準備をしてくれている。今日のメインディッシュはそうめん。食欲の減退する夏にちょうどいい……はずなんだけど、台所からは何故か揚げ物をしているような音が。そうめん、だよな?
加賀さんがテーブルの上を食事仕様にセッティングしてくれている。俺も何か手伝おうとするものの、大丈夫だよと言われてしまえば出る幕はない。仕方ないから圭斗と大人の事情について話すことに。
「できたよー」
やってきたのは大量の天ぷら。どう見てもメインは天ぷら。カズが言うにはあくまでメインはそうめんで天ぷらはおかず。鬼のように盛られた薬味とボウルに入った酢の物。俺は圧倒されていた。そうめんのおかずとして多種多様な天ぷらと酢の物が出てくるとか。
「カズ、何で天ぷらなんだ。いや、いいんだけど」
「うちじゃそうめんと言えば天ぷらだよ。そうめんのつゆって、天ぷらつゆにも出来るでしょ」
「いいじゃない朝霞、そうめんだけだと食べた気しないし」
「それでは、いただきます」
「いただきます」
確かに美味けりゃなんでもアリなんだけど。揚げたての天ぷらは熱くてなかなか食べられない。でも食べるだろうと思う物は先にキープしておかないと、大石が絶対食い尽くすから俺が食いっぱぐれる。越谷さんと一緒の時とは別の戦いがある。
「圭斗ー、それで俺たちが向舞祭に半強制参加させられてる背景って?」
「ん、伊東もお察しだろうけど、スポンサー問題だね」
「あ、やっぱり」
「僕たちがお世話になっている企業様が向舞祭のスポンサーだから、今後のインターフェイスのことを考えると今はお上の言うことに従う方がいい」
「圭斗、向舞祭って確か練習とかにも結構時間とられるよね?」
「8月上旬は結構埋まってくるはずだよ。そうだね、大石君はテスト期間のこともあって厳しいとは思うけど、その辺は上手くやりくりしながら――」
「ううん、テストはいいんだけどバイトに入れなくなるなあと思って」
大石の場合、俺たちの言うそれとは意味が大きく異なってくる。兄一人弟一人の大石は、ベティさんに負担をかけまいとバイト代で学費をある程度賄っている。あまり長期間バイトに入れなくなると相当キツくなってくるそうだ。
大学生の長期休暇にバイト先の繁忙期がちょうど重なるらしく、その時期に本気を出せば日給1万越えは楽勝だとか。確かにそれだけ稼げれば学費の足しにはなるだろう。それが向舞祭の練習で半月潰れれば。
「大石君、向舞祭の練習をしながらバイトをするつもりだったのかい?」
「うん」
「向舞祭で体力を相当使うからバイトどころではないと思うよ」
「平気じゃないかな。俺、体力には自信あるもん」
「問題は向舞祭が水中イベントじゃないってことだな」
「朝霞、現実を突きつけないでよ。しょうがないじゃない夏はバイト以外で陸上にいたくないんだもん」
ようやく食べられる熱さになってきた天ぷらを食べながら、みんなの話に耳を傾ける。今はまだみんな元気だけど、ここから一人、また一人と脱落していくのだろう。大石のバイトじゃないけど、俺にもステージがある。死なないように頑張らないと。
「カズ、天ぷら余りそうだし、兄さんにも少しとっておいてあげていいかなあ」
「うんいーよいーよ! そういうことならちーちゃん取っちゃって!」
「あっ、俺もまだ食うぞ」
「カオルも食べたいの取っちゃってー。あっ、俺ももうちょっと食べようかなあ」
「俺も食べよーっと」
「ん、みんなよく食べるね」
「圭斗が食べなさすぎるんだよ。アタシもお腹いっぱいだけど」
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