アクティブ・カンヅメ

「なあリン、そろそろ改めてスタッフ募集の掲示出した方がいいんじゃねーかと考えてんだけど、お前はどう思う」

「同感ですね。いくら何でもアクティブなスタッフが4人では回りません」


 気紛れで行った西京土産の菓子をつまみながら、春山さんがまともな話を切り出して来る。7月も中旬を過ぎれば学内にも人が戻って来るだろう。今は情報センターの利用者数もそこまでではないが、テスト期間が近付くと繁忙期に入る。

 それでなくても就活の関係で調べものをする4年生などが若干数増えている。テスト期間に入ればレポート課題の追い込みをかけたり印刷をしに来る者などでごった返すことは想定の範囲。


「アクティブなスタッフっつっても川北と冴は1年と2年で? 履修も普通にカツカツだからな。ま、例によってテスト期間は私とお前がここに軟禁されるだろうな」

「今度は時給何百円の世界ですかね」

「知らね。だからこそ求人をしようって話だ」


 繁忙期になるとひっきりなしに利用者が来る。全学部を相手にする履修登録程ではないにせよ、普段センターを使用しない者の割合が伸びる。その中には利用規約も何もあったものではない、常識の範疇では語れんような連中も稀にいる。

 本来ならB番に2人は欲しいところだが、それもなかなか叶わんだろう。1・2年生に無理を言うことは出来ん。一応名前だけはまだ籍のある幽霊スタッフのような奴もいるが、しばらく音沙汰がない。


「暇そうな奴でもこねーかな」

「そもそも、暇な奴は大学に来ていないのでは? 遊ぶなり、バイトなりしているでしょう」


 今はまだ繁忙期前の夕方で、そこまで慌ただしいというわけでもなく、座って様子を見ているだけで何となく時間が過ぎていく。どうせ暇なら座って1000円もらう方が、とは思う。

 しかし、大学も3・4年ともなれば履修に余裕が出来たところで遊ぶなりバイトなり、それこそ就職活動なりに時間を割くことになるだろう。その上、理系ともなれば言うほど余裕でもない。


「そう言えば春山さん、率直な疑問ですが就活はどうしたんですか」

「めんどくせーからやめた」

「面倒だからと辞めるのがまたアンタらしいですが、のたれ死ぬつもりですか」

「どっちみち35までに死ぬから行き当たりばったりでいーんだよ。それまで誰か養ってくんねーかなー」

「他力本願もいいところだ」


 今は売り手市場だなんだと言われていて、人格に難はあるが春山さんの手際や適応能力などがあればブラック企業から無人島までありとあらゆる場所で生き延びられる気がするのだが。一応学歴と留学経験もあるし。


「お前は何か考えてんのか」

「オレは院への進学が第一希望です」

「はー、ご苦労なこった」

「春山さん、ヤクルト飲みます?」

「飲む。つかお前が人に物よこすとか気持ち悪りィな」

「今も土産を持って来てるでしょう」

「ま、こないだやったジャズ詰め合わせの効果が続いてると思っとくわ」

「そういうことにしておいてください。別に、繁忙期はたまにコーヒーをよこせなどとは言ってません」

「取引かこの野郎」


 クイッと一口でそれを飲み干し、来たる繁忙期を憂う。オレは言われるがままに求人用の張り紙を作成し、学内に数か所ある掲示場所の分だけ印刷した。貼りに回るのは明日でいいだろう。

 センターの利用者がいなければ、それこそジャズの勉強をしたり副業用に楽譜を開いたりしてすることはそれなりにある。こんな風に穏やかに話すことも出来る。繁忙期はそれが叶わん。叶わんからこそ繁忙期なのだが。


「はー、繁忙期がヤバすぎて鬱になったらどうする」

「鬱には乳酸菌がいいと言いますけど、どこまで本当なんですかね」

「まさかこのヤクルトってそういう目的じゃねーだろうな」

「純粋に腹具合の問題です。習慣づけようかと。ミルミルも買ってみたんですが、昔から飲むヨーグルトがどうも苦手で」

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