for my friend

「菜月先輩、ホンマにありがとうございました。ノサカが、てゆーかボクらスゴい無理ゆーたんに講師やってもらって、ホンマにありがとうございました」

「いや、気にするな」


 初心者講習会が終わって、会場の撤収作業の最中。うちに声をかけてきたのはヒロ。珍しいことがあったものだと思う。ヒロとこうやってちゃんと喋ることはサークルでもなかなかないんじゃないかと。

 結局、講習会は普通にノサカたち対策委員が思っていたのと近い形で行われた。それというのも、三井が用意していたらしいプロ講師とやらがドタキャンしたとか何とか。それで、急遽2日前に講師を依頼されたのがうちだ。


「三井は案の定詰めが甘いと言うか、荒らすだけ荒らして音沙汰なしか」

「ボク、圭斗先輩にもゆーとったんです。やるんはボクらなんに何でボクらの意志で動けやんのゆーて」

「圭斗は何て?」

「夏合宿でも三井先輩が調子に乗っとるようならゆーてくれーゆーてゆーとったんですけど、ホンマやっとられんですよ」


 ヒロはいつものようにボケボケしているのかと思いきや、意外にちゃんと考えていたらしい。それらしくない顔でズバッと突いてくる様は、まるで去年の山口を見ているようだ。


「それはそうと、ホンマ、菜月先輩で良かったです」

「いや、そこまで言われるようなことは」

「多分、これが高崎先輩やったらノサカはずっと病んだままやったと思うんですよ」

「って言うのは?」

「高崎先輩に申し訳ないーって気持ちばっかりになるんやないかってことです」

「まあ、あり得なくはないな」

「対策委員ってノサカの状態に左右されるんです。ノサカが病んどるとみんなも不安定やし、ノサカがこうやーって方向定めたらみんなわーって。しやもんで、高崎先輩よりムチャ言いやすい菜月先輩で良かったです。それに、番組に集中出来て気ぃも紛れたんと違いますか」


 ヒロの話が本当ならば、良くも悪くも今の対策委員はノサカが精神的支柱のような感じになっているらしい。悪質な遅刻があるから会議での働きはさほど期待されてないにしても、存在感のなせること、か。

 うちには高崎よりもムチャが言いやすいというのが少し引っかかったけど、高崎の圧みたいな物は後輩にはキツいだろうし、ノサカから見ればうちは身内だ。それに、先週「何でも言ってくれ」と言ったこともある。考えれば納得は出来る。


「ボクはプロの講師って人なんか存在しんかったと思っとるんです。何でそんな人にコネある三井先輩すごーいっていう茶番にボクらが付き合わんといけんのって」

「アイツは、多分自分が講師をやりたかったんじゃないかって思ってる。まあ、講師の三井さんすごーいっていう茶番には変わりないんだけど」

「今の時点でボクが育ってないんに三井先輩に講師なんか出来るワケないやん」

「あの、ヒロ。それは何気にうちと圭斗にも刺さってくるからな」

「圭斗先輩は知らんですけど菜月先輩にはボクいろいろ教えてもらってますしええんですよ。ボク三井先輩から何も教わった覚えないですもん」


 それからも、ヒロの三井に対する愚痴は続いた。対策委員の面々が撤収作業をする中ずっと、ヒロはうちに愚痴を吐き出し続けた。自由奔放だと思われがちなヒロだけど、内にはいろいろな物を溜めているのだろう。

 三井に対する不信感はこの件でマックスになっている。ただ、アクシデントとは言え今の現場に三井がいないことで対策委員の雰囲気はまあ悪くない。夏合宿に向けた方針は、今度こそ自分たちの信じた道を行くという、ノサカの議長宣言。


「はー、すっきりしました。菜月先輩、話聞いてもらってありがとうございます」

「いえいえ。ヒロ、お前は確かに自由だしふらふらしてる。だけど、お前のような奴も必要だ。これからも会議や現場では思ったことを素直に発言してくれ。特に、停滞しがちなときはそれで開けるかもしれない。お前がいつも通りでいることで、ノサカもそういられるはずだ」

「普段通りゆーたらヘンクツですね」

「ああ。ヘンクツ理系男だ」


 撤収作業が粗方終わったのか、対策委員の面々がぞろぞろと教室に戻ってくる。うちと立ち話をしていたヒロに近寄ってくるのは、ノサカ。


「ヒロお前、結局片付けひとつも手伝わなかったな!」

「ボクは菜月先輩の接待をしとったんやよ」

「言い訳するな! 伊東先輩に手伝わせてしまったんだぞ! それなのにお前は」

「あーもーうるさいわノサカは」


 悲壮感は、もうない。次は夏に向けて信じた道を行くだけ。うちはそれを最弱の手札として、ひっそりと見守るだけだ。……あと、ヒロのアナウンサーとしての技術向上計画を立てようか。

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