お味はやさしく

「はいじゃあ、みんな一度手を止めてもらっていいですか」

「はーい」

「今日は沙都子の誕生日です。沙都子の誕生パーティーを開くための準備をしたいと思います!」


 植物園ステージまであと1週間。いよいよ準備も大詰め。机も床もごちゃごちゃしていて足の踏み場もなくなってるけど、せめて机の上だけでもそれらしく、パーティー仕様にしていく仕事を。

 さとちゃんは今、買い出しに出かけていて、パーティーの準備をするなら今がチャンスってワケ。一緒に1年生のミラが出かけているのはもちろん仕掛け人。

 いつもならさとちゃんがケーキを作って来てくれるんだけど、さとちゃんは祝われる側なので作らせるワケにもね。今回はKちゃんが雑誌とかで評判のお店でホールケーキを準備してくれている。


「啓子、ケーキは?」

「あるけど、出しとくと沙都子が帰ってくるまでに原型を保てない気がする」

「……まあ、ミラから連絡があってからでいいか」


 Kちゃんと直クンが不安がるのもわかる気がする。ヒビキとサドニナがやっぱりちょっと心配かなって。端っこだけって言いながらクリームをつまみ食いしたり、ケンカの末に落としたり。悲劇はいくらでも想定できる。

 机の上の書類や道具たちは一時的にスチールラックに押し込んで、まずはキレイなふきんで机を水拭き。いつぶりだろう、こんなに机の上がキレイだなんて。あまり大掛かりな掃除をしないサークルだしね。


「パーティーって言うからには盛大に飾り付けをするべきなんですよ! サドニナも歌うしステージを作っとかなきゃ」

「歌わせないしステージなんか作る場所ないから」

「ケチー!」

「飾り付けも質素でいいの! 派手にやると片付けに時間割かれるでしょ。そんな時間あったら台本の一行でも覚えなさい」

「サドニナは生まれ持ってのスターだからステージに立てばどうとでもなるんですぅー」


 やっぱり、Kちゃんとサドニナはこうやって言い合っているくらいが平和。Kちゃんがサドニナのことで怒ったり溜め息をつくことも増えてるけど、親子と言うか、師と弟子と言うか。とにかくそんな感じ。


「あっ、ミラだ。直、もうそろそろ着くって!」

「はいじゃあ皆さんクラッカーを配ります! せーのでポンでお願いします」


 直クンからクラッカーを手渡され、今か今かとさとちゃんの到着を待つ。サドニナは早くクラッカーを鳴らしたくてそわそわしているけど、やっぱりKちゃんが止めてくれている。

 机の上にはホールケーキ。サークル室はお世辞にもキレイとは言えないけど、せめて今だけはさとちゃんの誕生日をまたここで迎えられたことを祝いたい。


「はー、ただいまー。外、暑くて――」

「せーのっ」

「きゃっ!」


 一斉にクラッカーの紐を引き、パン、パンと弾ける音。紙吹雪を被ったさとちゃんは、一瞬何が何だかわかっていない様子でしゃがみ込んで頭を押さえている。


「沙都子、誕生日おめでとう!」

「さとちゃんおめでとう」

「さとかーさんおめでとーございまーす」

「えっ、誕生日?」

「驚かせてゴメン。でも、ボクたちはどうしても沙都子の誕生日を祝いたくて」

「さ、席について。紗希先輩、火を入れてもらっていいですか」


 ケーキの上のロウソクに火をつけて、さとちゃんを迎える準備を。ハッピーバースデーの歌と一緒に。サドニナはここで歌を張り切ってるみたい。ふーっと火が消されれば、部屋を包む溢れんばかりの拍手。


「わざわざありがとうございます…! あたし、このパーティーが終わったら衣装の仕上げ頑張っちゃいますね!」

「沙都子、まだ始まったばっかだから」

「えっ、でも作業しなきゃ」

「パーティーやる時間くらい最初から計算してます」

「さすがKちゃん」


 みんなでケーキを分け合って、笑い声や笑顔が溢れるこの瞬間がとても幸せだと思う。さとちゃんもめでたく二十歳になったし、今日のABCは嬉しいことばかり。今年はいつもこうありますように。


「こんないいケーキ、高かったよね。言ってくれればあたし作ったのに」

「そーだそーだー! さとかーさんのケーキー!」

「サドニナ黙って! そこまでびっくりする値段じゃないし、祝う人に作ってもらうっていうのもどうなの」

「じゃあ、次の人の時に張り切っちゃうね」


 評判のケーキも美味しいけれど、アタシも実はさとちゃんのケーキが恋しいだなんて、これはちょっとした内緒。

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