余興と独壇場

「おい、いい加減に歌うのをやめんか」


 春山さんはとても気持ちよさそうに歌っているけど、それが盛り上がるのに比例して林原さんの眉間のシワが深くなっている。って言うか今日の林原さんは凶悪すぎて!


「やめんかと言っとるだろう! 例によって繁忙期も抜け切らん時期に映画休暇など取りやがって」

「うるせーなあ。へーへー黙りますよ。明後日はライブが入ってんだ。3日後にはそっちを熱く語ってやろう」

「嫌がらせか」


 林原さん曰く、春山さんが映画休暇を取ると大変なことが始まるそうだ。そもそも、映画休暇というのは映画館にいくためにシフトを入れないようにするということだと思うけど、そんなに可愛い物じゃない。

 映画館に行く前に予習復習をする時間があるらしい。見に行くのがシリーズ作なら、過去に出ている作品をひたすら見続けるマラソンをやるし、劇中歌なんかも押さえておく。

 自分の家で出来る映画マラソンを終えてようやく映画館に足を運ぶわけだけど、洋画なら字幕版と吹き替え版、それから3D上映なんかのバージョン違いもコンプリートし始める。もちろん家に帰ってからは復習がある。


「映画を見るなとは言わん。休むのが1日で済むのであればな! それでもってこの人の厄介なところはその熱がしばし尾を引くからな」

「何か、趣味に対する情熱ってすごいですよねー……」

「そのしわ寄せがどこに来ているのかという話だ! レイトショーなどで見ればいい話ではないか」

「どっちにしたってお前は実質的な住所が大学なんだからいーじゃねーかよ」

「最低週に1度は家に帰る」

「それでも週1しか帰らないんですねー」


 そして隙を見たように春山さんが再び歌いだす。って言うか春山さん歌上手いなー。意外って言ったら失礼かもしれないけど、でもやっぱ意外に上手いなー。

 今回、俺は春山さんと林原さんの間で板挟みになっているとかではないので黙って見守るだけ。今議題になってる映画に関して言えば、特に見る予定もないし過去にやってるからネタバレも何もないのがいい。


「この野郎弾けよ!」

「何故弾かねばならん」

「あっ、弾けねーんだ、やーいやーい自称今世紀最後の天才が弾けねーんだだっせー、うわリンだっせー!」

「何を言う。ある程度聞けば採譜は出来るしコピーも出来る」

「なら弾けよ、なんなら今ここで楽譜出してやってもいいぞ。ここは情報センターだからな!」


 う、うわー……何かが始まったような気がするー。言うが早いか春山さんは楽譜のページの上でカチカチッとクリックを数回。すると、プリンターがウィーンと動き始める。

 で、でたー。もしかしなくても楽譜だ~!? 林原さんにピアノで弾かせることを前提にした楽譜だ~!? まあ、今回は巻き込まれることもないだろうから俺は静観していられるんですけど!?


「で? 弾いたらいいことはあるのか」

「私が楽しい」

「下らん。それだけか」

「私が楽しいといいことがいっぱいあるぞー? まずは、気分が良くなって仕事が捗るだろー」

「他にはないのか」

「あー、えーと、私がベースを弾きたくなる。かもしれない」

「それがどうした」

「あーもーごちゃごちゃうっせーな! いいから弾けよ! サントラに入ってる曲全部アレンジして弾け!」


 バンッと机を叩いた大きな音に、びっくりしてビクッと肩が飛び跳ねる。だけど、林原さんは眉ひとつ動かさないしなんかもうさすがすぎて。俺はまだまだだ。


「百歩譲って弾いたとして、そこまで注文を付けるなら金を取るぞ」

「1曲250円でどうだ。19曲だから4750円か。めんどくせーから5000円やるよ」

「随分と安い依頼ですね。ここの日給上限にも届かないじゃないですか」

「バカ野郎お前いつも副業のスコア見てやってんじゃねーかその分加味しろや! それにいつか役に立つぞ副業で」

「まあ、事実映画はヒットしていますから、使える機会はあるかもしれませんね」


 そうだろー、と春山さんは得意気だし、林原さんもサントラに入っている曲をピアノで弾くことにまんざらでもなさそう。あれっ、いつの間に殺伐とした空気が落ち着いたんだろう。あっ、でも今度春山さんがライブから帰ってきたら……考えないようにしよう。

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