5月

葱の教典

「いーやぁー!ムーリー!」

「だーいじょうぶだってさっちゃん、騙されたと思ってさ!」

「こないだだって正気の沙汰とは思えないラーメンだったじゃないですかあ! 三浦はもう騙されませんよ!」


 三浦がわあわあと喚いている。一応ここはうちの駐車場なのであって近隣の迷惑になるようなことはやめてもらいたいんだけど、如何せん大学から目と鼻の先のアパートだけあってみんな耐性があるらしい。今のところ怒鳴り込まれたりはしていない。

 今日はGREENsのイベント日。4年生の伊東サンが誕生日なんだとか。だからと言ってそのパーティーをうちでやる意味がちょっとわからないけどそれも大学に近い家の宿命だとは慧梨夏サン談。


「おーい、くげー」

「どーかしたすか」

「ちょっと来てくれー」


 大学から徒歩5分のところにあるアパート、コムギハイツ。2棟向かい合わせになったそのアパートの、Ⅰ棟102号室が俺、鵠沼康平の住む部屋だ。駐車場はⅠとⅡの共用。最近ようやく原付を買って、二輪駐車場に並べることが出来るようになった。

 部屋の中からひょっこり顔を出したのは、2年の宮崎尚。男にしては小柄で、顔も中性的。下手すればそこらの女よりもかわいいからか、慧梨夏サンや伊東サンらには「尚ちゃん」と呼ばれて可愛がられている。


「今さー、景と一緒にネギ料理作ってんだけどさ、ちょっと味見してくんね?」

「康平は学食でバイトしてるし、僕らよりはしっかりしてるよね。何か足りなかったらアドバイスしてくれれば」

「いや、学食でバイトしてるっつっても自分でレシピ考えたりしてるワケじゃな――……わかりました」


 尚サンがかわいい系だとすれば、じっと俺の目を見て無言の訴えをしてきたこの人、同じく2年の草間景サンは薄いと言うか、消えそうと言うか。こういうの、何て言うんだっけ。そうそう、“儚い”か。

 尚サンと景サンはポイントガードとシューティングガードで、ガード同士仲が良くてコート上でもそれ以外でも一緒にいる印象がある。二人が並んでると目の保養だよーとは慧梨夏サンがよくにこにこしている気がする。


「くげ、いいから早く食え」

「いただきます」


 そうだ、ここでの本題は味見じゃん? 目の前には、白髪ネギの炒め物。中華風で、ちょっとピリ辛風味。ごま油の風味も効いて食が進む。ただ、個人的には魚の上に乗っていて欲しいと思う。

 そして、鶏肉のクリーム煮。鶏肉の、と銘打ってはあるものの、あくまでメインはネギだ。ただ、さっきのに比べると鶏肉がある分食いやすいと言うか、クリームがネギっぽさをマイルドにしてくれている。


「美味いっす」

「おー、よかったー! よかったな景!」

「よかった、よかった」

「つかそんな手ぇ取り合って喜ぶようなことか?」

「くげ、お前油断すると俺らに対する敬語抜けるな」

「あっ。すんません」

「尚、僕は気にしないよ。同い年なんだし」

「ネタじゃねーかよー、別に本気で怒ってねーよー」


 あ、そうだ。俺は一浪を経て緑ヶ丘大学に入学してるから、年は大体の2年生とタメだ。もちろん、大学では先輩に当たるから一応敬語を使ってはいるけれど、やっぱり油断すると抜ける。


「つか、半端ねえネギの量っすよね」

「……しょうがない。今日はネギ教祖師の生誕記念日だし」

「康平、まだまだ準備はあるからね」

「まだやるんすか……」

「バカ野郎お前、盛大にもてなさねーと義妹さんが怒るんだよ」

「とりあえず、これからねぎまを作るから」


 そして開かれた冷蔵庫の中には大量の鶏肉。つか、俺の部屋だよなここ! そんな文句が通用するはずもなく、俺は景サンと一緒にちまちまとねぎまの串を作り続けることになってしまった。何という内職……恐るべし大学のパーティー。


「いぃーやぁー!」

「だーいじょうぶだって!」


 外からは、相変わらず喚く三浦とそれを宥める慧梨夏サンの攻防。どうやら三浦はネギ嫌いらしい。目の前には多種多様な種類のネギが山盛りになっている。果たして生きて帰れるか。


「三浦、ネギ嫌いっぽいっすね」

「大丈夫だ。美弥子さんに洗脳されるから」

「ケイ君は入信してないけど、大体の人がネギ教に入信することになるよ。もちろん、康平もね」

「えっ、俺もすか」

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