ナノスパ@2017 -one's routine life-
エコ
4月
はじめて いろいろ
目の前にそびえる大きな建物に、とうとう大学生活が始まるんだなと実感する。とは言ってもここは大学じゃなくて、向島エリア星港市の緑ヶ丘大学文化市民会館。市民会館のネーミングライツを買ってるって改めて規模がおかしいと思うけど、行こう。
初めての一人暮らしに、スーツ。今までは学ランだったからネクタイだって初めてだ。初めて尽くしで何がなんだか。まともに生活できるかちょっと不安だったから、通学時間よりも生活のしやすさでマンションを選んだ。通学時間は電車とバスで45分。
俺と同じ入学式かなって人がたくさんいるけど、学部ごとに午前と午後で式の時間が分かれてるから、これで入学生の全部ではないらしくて、俺が入学する社会学部だけで1200人くらいいるらしい。
周りを見ると、親と一緒に来ている人が多いことに気付く。うちはそんなことちっとも思い付かなかったから、そういうものなのかと初めて知る。でも、土曜日だし働いてる親でも来やすいと言えば来やすいのかな。
ホールに入ると、学部ごとに何となく区画が分けられていた。社会学部の場所に進んでいくと、座席にはしっかりとした紙袋が置かれていて、どうやらそれがこれから使う大学の資料らしい。それを抱いて深く腰掛けて。はあ。緊張する。
「あの」
「はい」
「隣、いいですか?」
「あっ、どうぞ」
突然声をかけられてびっくりした。170ない俺よりももっと小柄な人。だけど、スーツが男物だからきっと男子でいいのだろう。俺はわざわざ周りに人がいない席に陣取って、他にも席があるのにこの人はどうしてわざわざ隣に?
「ここにいるということは社会学部ですよね」
「はい」
「あの、僕はもち……じゃない。えっと、浦和実苑といいます。よければ名前を教えてください」
「あ、高木隆志です」
「隆志くんはお一人ですか。両親などは」
「あ、一人です」
なんか、ぐいぐい来る人だなあ。というのが浦和君に対する第一印象。だけど、大学になると自分からぐいぐい行くくらいじゃないと人脈が出来ないのかもしれない。俺も人見知りとか何とか言ってたらダメなんだなあ。
「友達が欲しかったので声をかけられそうな人を探していたのですが、親御さん連れの人にはなかなか声がかけにくくて。僕は一人暮らしを始めたところなので入学式も一人で来ていて」
「あ、俺も一人暮らしです」
「そうなんですか。隆志くんの実家はどちらですか?」
「紅社です」
「へえ、遠いですね。僕は長篠なんですよ」
浦和君は相変わらずぐいぐいくるけれど、嫌になるような強引さではないから会話……会話? うん、会話になっているのかはわからないけど一応キャッチボールにはなっていると思う。
学科が違うとは言え同じ学部だし、これから授業なんかでも会うことがあるかもしれない。そうでなくてもとりあえずよろしくということで連絡先を交換した。やっぱりぐいぐい来るのは浦和君だ。ただ、気になることがひとつ。
「あの、浦和君て」
「僕のことは下の名前で実苑と呼んでください」
「えっ、どうして」
「まだ浦和姓に慣れていないんですよ。家の事情で名字が変わったばかりなので」
「あ、そうなんだ。ごめん」
「いえ、隆志くんが謝ることではありません。浦和姓に慣れるべきではあるのですが、慣れたくない事情があって」
「わかったよ。えーと、実苑君」
「ありがとうございます」
ついでに、人を下の名前で呼ぶのもそういうところからなのかと訊ねれば、それは単に実苑君のクセと言うか、今までずっとそうだったからというだけの理由らしい。でも、名字は変わることもあるだろうけど下の名前はそうそう変わらないから確実と言えば確実だよね。
何はともあれ、大学に入って初めての友達が出来た。これからどうなるか楽しみであり不安でもあるけど、何とかなりそうな気がしてきた。まずは今日の夕飯をどうするかっていうところからだけど。あ、入学祝いにお酒も欲しいな。
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