愛情、税込み480円

ごんべい

愛情、税込み480円

 学校からの帰り道、コンビニで「愛情」を買った。税込み480円のそれは、僕の寂しさを埋めてくれる。店員さんは少しだけ軽蔑したような目をして、会計を機械的に済ませる。

 家に帰って安っぽいビニール袋を千切ると、中に入っていた手の平サイズのフィギュアが動き始める。触ると人肌のように暖かく、頬をつつくと柔らかい。

 それは、愛を教えてくれる妖精だ。彼女たちは僕のような孤独な人間にほんの少しの間寄り添ってくれて、優しさとか、人の温もりという物を感じさせてくれる。

 彼女たちは酒とかタバコと変わらない。ちょっとした依存性と快楽を与えてくれる嗜好品だ。もちろん、彼女たちを買わなくても生きていける。

 だけど、そんな人生はひどく味気ないものだろう。

「ご主人様、今日も一日お疲れ様です」 

 媚びるような甘い声でもなく、機械的な冷たい声でもない。それは優しい声だ。母親か姉のように僕の心を慰めてくれる。

「お疲れ様。今日も嫌なことばっかりだったよ」

 妖精は僕の愚痴に嫌な顔1つ見せない。ただ、彼女は僕の鬱憤を受け止めてくれる。学校で虐められていること、一人ぼっちで寂しいこと、自分の愚かさ、惨めさ、将来への不安。

 その全てを聞いてくれる。彼女には愛情が溢れている。こんな駄目な僕を慰めてくれる愛情があるのだ。周りの人間にはない。

 彼女だけが僕の慰めで、友達で、仲間で、愛を教えてくれる。きっとこの妖精がいなければとっくに命を絶っていることだろう。


「ご主人様は、優しい方ですね」

「え……?」

「いえ、話を聞いていて思ったんです。とっても優しい人だなって」

「そんなこと……。僕は随分、臆病な人間になってしまったから……」

「いいんですよ、ご主人様。私はご主人様は素敵な方だと思います」

「ありがとう。そう言ってくれるのは君だけだ」

 そう、君だけ。僕がこの世界に存在を許されているのは君がいるから。正確には君たちだけ。君たちだけが、コンビニで僕のことを待っていてくれる。この世界にいる意味をくれる。

 僕はもう、とっくこの世界に居場所を無くしている。ただ、このひとりぼっちのマンションの一室だけが、僕の居場所で、砦で、君たちと喋っていられる場所。

 それでいい。他に何もいらない。

「ご主人様は何か部屋を飾ったりはしないのですか?」

「そういうのに興味が無いんだ。君が飾りたいなら飾るけど」

「私の命はもうすぐ終わりますので、私の趣味に付き合わせてしまうのは申し訳ありません。ですけど、私は花のある部屋のほうが好きです」

「そう、だね。でも、君のために何か買いたいな、花でも飾れば気持ちが安らぐかも」

「それはよい提案です。さっそく行きましょう」

 妖精は僕の手のひらから肩に移動して、ちょこんと座る。完璧にデフォルメされたその姿は現実の中にいて、非現実だ。まるで絵のように精巧で、幻想的で、だけどすぐに消えてしまう。

 彼女とのおしゃべりは幻のようなものだ。買ってから数時間で消えてしまう、儚い命に何を語りかけてもきっと無駄なのだろう。そんなこととっくの昔に気づいているのに、やめられない。

 だって、彼女たちだけなんだ、僕を認めてくれるのは。ビニール袋の中に閉じ込められている彼女だけが僕の居場所を作ってくれる。たとえ数時間だけだとしても、それに縋らずにはいられない。





 目が覚めると、そこにはご主人様がいた。気弱そうな顔をした人間だ。 

 私たちはこの世界とは違う場所から捕獲されてきたフェアリー。人間たちに乱獲されて、もう少しで絶滅してしまう種族だ。

 私たちは彼らに捕まえられて、加工をほどこされると、物を言わぬ人形にされてしまう。そして袋を開けられると私たちはまた動くことができるようになる。彼らの技術力にしてしまえば、私たちの身体をいじくり回して、人間に従わせるようにするのは簡単なことらしい。そうやって仲間たちが従順になっていくのを私は見てきた。

 この世界の空気はフェアリーには毒だ。大気にマナが全くないこの世界では、私たちは数時間ほどで消えてしまう。

 だけど、数時間でもいい。私は彼らの洗脳から逃れることができた。だから、残り少ない命で、復讐するんだ。 

「お疲れ様、今日も嫌なことばかりだったよ」

 人間は疲れたように私に語りかけた。 

 どうやら学校で虐められているらしい。そんなことは心底どうでも良かったけど、とりあえず相槌を打っておく。 

 この世界で私は非力な妖精だ。人類に復讐することはできない。だから、せめて目の前に居る人間にだけでも、復讐してやる。

 私たちが人間にさせられていることは、彼らに幸福感を与えてやる魔法をかけることだ。そういうふうに洗脳される。だから、その逆のことをしてやろう。絶望感を与えてやる。 

 絶望は人を死に至らしめる。だから、死んでしまえ。

「僕さ、人間じゃないんだって。僕はあいつらの奴隷なんだってさ」

 不意に、人間が暗い声で喋った。

「笑えるだろ。僕が弱いから。僕が独りだから。僕が根暗だから。僕が悪いから。だから、僕には人権がないらしい」

「やり返さないのですか」 

 思わず聞き返していた。復讐しないといけないのに。こいつを、殺さなきゃいけない。時間だって。魔法はすぐ発動できるものじゃない。私が発する言葉にのせて、少しずつ魔法を練り上げなきゃいけない。

「僕1人で、どうしろっていうんだ。無駄だよ。耐えるしかないんだ。残りの高校生活、いやこれからの人生かもしれないな」

「駄目ですよ。それじゃ。ちゃんとやり返さないと」

「だけど、君たちが教えてくれたんだ。復讐は虚しい行為だって。たとえ虐げられていても、復讐はよくないことだって」

「……」

 そうか。私たちは愛情を教えてくれる妖精。彼らを気持ちよくさせ、偽りの愛情を与える。

 別に、こいつを殺す必要なんてない。こいつは私の仲間に与えられた偽りの愛情に溺れ続け、反抗する力もなく、こうやって一生苦しみ続ける。むしろ、殺してしまうなんてもったいない。

「ご主人様は優しい方ですね」

 ここは適当に褒めて調子に乗らせておこう。そして、外に出させるんだ。外に出て、こいつ以外の奴を殺さないと。もっと幸福そうな奴を探さなきゃ。

「部屋に何か飾ったりしないのですか?」

 私がそう問いかけると、人間は興味がないとか何とか言ったので、私は同情を誘うような言葉を言って人間を外に連れ出すことに成功した。


「ええ。それは良い提案です。さっそく行きましょう」


 

  

 

 

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