第1章 神殿都市
8話 祈る者と酒場に集まる者
【エリー視点】
神殿都市アヌティス。
それはその名の通り神殿を中心として栄えていった街だ。水の神であるポスティスを祭った国教ポスティス教会が建てた大神殿が何よりも有名で、巡礼者が絶えたことのない国の宗教の要である。
水神ポスティスが宿っていると言われている大きな湖ポスティス湖を背にするように高く巨大な神殿が建てられており、まるでその神殿が自らを広げているかの如く建築群が広がっている。
王都から馬車で3日程であるため王都からも近い。
大きくて歴史のこもった街、それが神殿都市アヌティスである。
「ようこそおいでくださいました。冒険者の方々。長旅ご苦労様でございます。私はあなた方の案内、担当をさせて頂く司教バルドス・オーマ・ディストリウスと申します。何卒宜しくお願いします」
質の良い祭服を纏った神殿の人間、ディストリウス様が出迎えてくれた。白髪交じりの初老の男性だ。
「歓迎感謝します、バルドス様。私は王女イリスティナ・バウエル・ダム・オーガス様の代理、彼女の執事を務めさせていただいております、ブルース家次男ファミリア・ドストマルク・オン・ブルースでございます。どうかよろしく」
今回の冒険者たちの引率は王女イリスティナの執事であるファミリアが行っている。調査、戦闘自体は冒険者たちが行うが、それを統括、管理するのがファミリアの仕事である。あと、このように司祭、貴族達との渡り役も兼ねている。
もっとも、荒くれ物の多い冒険者たちが素直に言うことを聞くとも思えないから、多分形だけの管理になるんじゃないかなぁ?
「…………ブルース家……?」
バルドス様が何故かきょとんとした顔をしていた。
「……はい?ブルース家が何か……?」
「………………おおっ!かの有名なブルース家の方でしたかっ!いやはや、申し訳ない、ブルース家の次男だと自己紹介を頂いたにもかかわらず、一瞬貴方が女性であると錯覚してしまいました!」
「ははは……すみません、女顔で…………」
「いえいえ、本当に申し訳ない!いや、年とは嫌なものですな。50を超えてからというもの、記憶力が下がっておりまして……ブルース家の次男は女性よりも美しいお顔をしていると話を伺ったと事がありますのにな」
「はは…………」
ファミリアは汗を流しながら困ったように笑っていた。
「後ほど大司祭にも挨拶させて頂きます。大勢で押し掛けるのは失礼なので、私だけで」
「はい、かしこまりました。大司祭様も喜びになられます」
2人共洗礼された所作で礼儀を尽くしていた。
「要件は伺っております。まずは先日、神殿騎士が討伐した謎の魔物の遺体をご覧になるという事でしたね。案内させて頂きます」
「感謝致します」
「……とはいってもここは折角神殿都市。祭られている聖遺物や神器、歴史なども紹介しながら奥へと参りましょうか」
「あぁ、それは大変ありがたいですね。勉強させて頂きます」
おぉ、司祭様直々のお話を聞けるとは。この都市は歴史が深すぎるから、こういった説明を聞く度に新たな逸話を聞けるものだ。これは大変儲けものだ。
「えー……」
「めんどくさそうにするな、この焦げ茶」
「いて」
嫌そうな顔をする相棒の頭を叩きながら歩いた。欠伸でもしたら、また殴ってやろう。
司祭様の説明を聞きながら、謎の魔物の遺体が保管されている場所まで歩いていき、その間に都市の特徴、祭られている神器の由来などを説明してもらっている。
神話『アルバトロスの盗賊団』は世界中から神器を盗んでいったとある。
この神話は一般的に作り話であるとされているが、神器というものは確かに存在している。
それは魔術の奇跡で作られたものであって、魔術以上の魔術を使う奇跡の道具なのである。神によって与えられたというよりかは、昔の偉人などが奇跡をもって作成した強力な武具という認識の方が正しい。
数は希少であるが、決して目に掛かれないものでもない。
実際にS級冒険者のリックさん、フィフィーさんが使う武器は神器であり、特殊な力を持っているし、僕のこの歪な双剣だって神器だ。
まぁ、僕の方はそのことをほとんど誰にも言っていないけど。
つまり神器は魔術の奇跡によって生まれた強力なマジックアイテムなのだ。
「さて、この像はこのポスティス教会で最も有名な聖人、オステル・マルタ様でございます」
司祭様の説明は進む。目の前には
「オステル・マルタ様はポスティス湖に3日3晩祈りを捧げ続け、そして水神ポスティス様を見つけ出した最初の偉人であります。つまりはこのポスティス教会の始まりの人であり、この国に神の栄光をもたらした神話の偉人でありますね。
……と、このような話はこの国ならば誰でも知っておりますね。いやはや、失礼。年を取るとどうも必要のないことまで語ってしまう。この方の逸話はいくらでもありますが、いくらでもあるため語っていると明日になってしまう。先に進みましょうか」
そう言って、一行は先に進む。司祭様の背中を見ながら再び足を動かしたのだが……
…………と?
「……どうしたのさ?クラッグ?」
さっきから欠伸を連発して僕に何度も抓られていたクラッグだけが足を止めて、オステル・マルタ様の像を一心に見上げていた。
「みんな先行っちゃうよ?」
「いやさ……ご苦労様だと思ってな…………」
「ん?」
「このおっちゃんもさ、自分がこんな風に祭られるなんて思っても無かっただろうなと思ってさ…………」
「あー……そういうの、あるかもね。あと、オステル・マルタ様をおっちゃん言うな」
自分が生きている間は自分が神格化されるなんて思ってもみないだろう。どんな偉人でも、どんな聖職者でも、亡くなった後に天国から「あれ!?俺が歴史に名を残してる!?」って思ってたりして。
自分の姿が偉人として彫刻に残るなんて、一体どんな気持ちになるんだろうか?
「……わりい、待たせちまったようだな、エリー」
「ま、いいけどさ。たまにはちゃんと祈りを捧げられたかい?」
「祈りはいつだって捧げているさ」
「嘘つけ」
この焦げ茶がそんな殊勝な訳が無い。
そして僕たちは皆の背中を追っていった。
* * * * *
「……なんていうか……やっぱ、気持ち悪かったね…………」
「あれが……オブスマンってやつなのか…………」
「ところでこの後の昼飯はどうする?」
「…………クラッグさん……今は積極的にその話題はしたくないなぁ……」
湖の見えるベンチの上で、王都の酒場でよく集まっていた僕たち4人は項垂れていた。
司祭様の案内で僕たち冒険者は伝説の魔人『オブスマン』と思われる謎の魔物の遺体を見たのだが、これがまた奇妙な形をしていた。
体の色は黒に近い紫。目の上にもう1つ口が出来ていて、胸から3本目の腕が生えている。そして足は4本付いていた。
気分が悪くなるほどの気持ち悪さではなかったけれど、食事をとるのはもう少し後にしたい…………
「とりあえず、王家に残っていた資料の記述とは一致してたな」
「偶然の一致にしては、いくつもの特徴が合致しすぎてたね」
王家に伝わっているオブスマンの記述について、その写しと摸写が冒険者には配られている。
「まさに悪神の手下って感じだったな」
「冒険者やってると、時々気持ち悪い魔物に出会っちゃうんだよねぇ…………」
「これは、何度見ても慣れないなぁ……」
「ん……?何度も……?」
フィフィーさんが僕の方を見て首を傾げる。しまった。
「あ、いや……何度見ても、慣れないだろうなぁ……って意味だよ……?」
「あぁ、確かにあれに慣れる気はしないよね」
「でも、敵で出てきたら何度も見る羽目になるかもしれないぞ?」
「うわぁ…………」
クラッグが嫌なことを言う。やめてよ、あれがわらわら出てきたら僕泣くぞ?
それにあれ1体出てきただけで、神殿騎士は大きなダメージを負ったのだ。何度も見る程出てきたら手に負えない。
「さて、じゃあそろそろ素直に情報収集でもしようかね」
クラッグがよっこらしょと立ち上がり、木製のベンチをぎしりと鳴らした。
今、冒険者たちはばらけて散り散りに情報収集を行っている。そりゃ、情報収集でまとまって行動する意味なんて無いし、逆にまとまってたら目立ってしょうがない。
夜になったら貸切っているホテルに集合して情報の擦り合わせを行う予定だ。
「まずどこから行くの?クラッグ?」
「そりゃ、情報収集と言ったら決まってるだろ?エリー?」
「そう、まずあそこは外せないよね」
「基本に忠実にね」
そう言って僕たちはニヤリと笑って声を合わせた。
「「「「酒場!」」」」
* * * * *
「ん?」
「あ?」
「え?」
「お?」
「あぁ?」
「あれ?」
「へ?」
酒場の前に来て、さぁ仕事の開始だと意気込んだ瞬間…………
あらゆる角度から、呆けたような声が飛び交った。
「「「……………………」」」
沈黙が流れる。考えてみればそりゃそうだ。酒場での情報収集は基本だ。そして、今この街にはその基本をしっかりと抑えている冒険者が何人も入ってきているのだ。
皆の顔に微妙な顔が張り付いていく。顔見知りばかりが見知らぬ街で顔を合わせてしまった。
一旦ばらけた筈の仲間たちが酒場の前で集結してしまった。
みんな思った。
ダメだ、こりゃ。
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