4話 ホモ騒ぎと可愛らしい執事と伝説への挑戦

【クラッグ視点】


「も……もう、やだ…………ガクッ…………」


 俺に抱き着かれていたお偉いさんは、心身ともに疲れ果てグロッキーしてしまった。あんまり激しく抱いていないのに、うぶな奴。


 まだ王城でのパーティーは続いている。周囲で見ていた悪の貴族の取り巻き達は、俺の愛の抱擁にどうしていいか分からず、ただ口を開けて氷のように固まってしまっていた。何も出来ないまま見守るほかなく、そして誰にも助けられないまま、俺に抱かれていたお偉い貴族さんは精神的に多大なダメージを受け、床に転がってしまったのだ。


 …………いや、ただ抱きしめただけだぞ?ほんとに。


 そんな凄惨な光景を見ていたからか、誰も俺を捕まえようとしなかった。普通こういう時はどっちが悪かろうと悪くなかろうと、庶民の俺が捕まるものなんだが…………

 まぁ、都合がいいから俺は席に座り直して目の前の料理に舌鼓をうった。


 そうこうしている内に、リックとフィフィーが近寄ってくる


「あぁ!もう!クラッグは!騒ぎは起こさないって言ったじゃないか!」

「おぅ、リック。遅かったな」

「大丈夫だった?クラッグさん?それと、イリスティナ様、お怪我はありませんか?」

「え?あ……心配して下さってありがとうございます、フィフィー様」


 呆然としていたイリスティナは、フィフィーに声を掛けられて正気に戻った。


「ほんと、フィフィーはいい子だなぁ……よし、いい子にはお肉をよそってあげよう」

「あ、はい。どうも」

「はい、どうぞ。

 で、リック。言っておくけど、今回俺は悪くないぞ?」

「あれを悪くないというかは置いておいて……確かに先に突っかかっていたのは貴族の方だったし、ボクもフォローが遅れて悪かったとは思うんだけど……

 でも、もうちょっと何とかならなかったのかい……?」

「さて、ね……」


 小言は聞き流して、俺は自分に酒を注ぐ。


「あ……え、ええと…………」


 隣ではイリスティナがどうしようか、俺になんて声を掛けようか迷っていた。……いや、もう話しかけんで下さい。こいつと話してると、どうも調子が狂う。


「イリスティナ様!」


 そうしたら、また俺たちの方に近寄ってくる人影があった。

 今度は執事だ。門の前で客の招待状を確認していた執事だ。こいつは心配そうな顔つきをしたまま、息を切らして走り寄ってきた。


「だ、大丈夫でしたか!?イリスティア様!騒ぎがあったと伺ったのですが……!」

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、ファミリア。見ての通り怪我もなく、事態は収まっています」

「……その割には怪訝な雰囲気が立ち込めているんですが…………?」


 それは、あれだ。ちょっとしたホモ騒ぎだ。


「クラッグ様方。ご紹介します。こちらは長年私の執事を務めています、ファミリアと申します」

「ご紹介に預かりました。執事のファミリアと申します。今後ともどうかよろしくお願いします」


 そう言って、こいつもとても綺麗な所作で、胸に手をやり頭を下げた。


「あー……あの……ファミリアさん?とても……お顔が綺麗ですね……?」

「は、はは……よく言われます……でも、私はれっきとした男ですよ?」

「は、はい…………」


 思わず言ってしまったのだろう、フィフィーは少し目を丸くしながらそんなことを言っていた。それもその筈、この子が言った『お顔が綺麗』とは、男性的な意味ではない。

 この執事、とても女顔なのだ。


 目は丸く、大きく、顔の線は柔らかく、執事服を着ているものの体の線に固さはない。おそらく執事服よりもメイド服の方が似合いそうな容姿をしている。

 女装とかさせたら本気で男か女か判別出来なさそうだ。


「あなたがS級冒険者のリック様ですね?お噂はかねがね伺っています」

「はい、今日はこのように素晴らしいパーティーに呼んで頂き大変光栄に思っております」

「今後とも、我が主イリスティナ様を宜しくお願い致します」

「はい、私としても王女殿下とお知り合いになれたこのパーティーはとても貴重な機会でした」


 流石はリック。S級冒険者として色々な式典に出席してきたのだろう、丁寧な言葉使いがすらすらと出てくる。


「そして、クラッグ様……」

「俺には丁寧な挨拶なんて無理だからいい。それよりも、長年執事をやっていると言ったな、ファミリア。俺はお前に一つ言いたいことがある」

「はい、如何されましたか?クラッグ様?」


 一呼吸おいて、俺は言いたいことを喋った。


「……なんでこのお姫様をもっと怠惰に過ごさせなかった?」

「…………はい?」

「いいか、よく分かってないようだから言ってやる。王族ってのはな、怠惰で自堕落で我が侭なものなんだ。そう決まっているんだ。そうじゃなきゃダメなんだ!だからお前はもっと、イリスティナを甘やかし、肥え太らせ、堕落させなきゃいけなかったんだ……!」

「何言ってんだよ、このバカ」

「いて」


 リックに頭を叩かれた。


「気にしないで下さいね、ファミリアさん。この男、頭がちょっとあれなもんで……」

「い、いえ……はは…………」


 ファミリアは苦笑いをしていた。


「あの……クラッグさん?この人は執事だけど、王女殿下の執事を務める程の人だから、かなりの身分には違いないと思うよ?気安くしていると無礼かも?」

「いいんだよ、フィフィー、別にこいつはさ」

「まぁ、今更ってところありますしね」


 遂にイリスティナからも見放される感じがした。


「……あ、そろそろパーティーも終わりですね」


 壁掛けの時計を見て、イリスティナがそう言った。

 パーティーは終わりを迎え、最後に第1王子の演説で幕を引かれることとなった。如何に自分たちの流れる血が優秀で、高潔で、神聖であるかを、学校の校長先生の話よりも長く、たっぷりと語っていた。それを聞いていた貴族の顔は恍惚とし目は輝いていて、俺は寝そうになったところをイリスティナに太ももをぎゅっと抓られ、寝させてくれなかった。……なんでここにいんだよ、お前は前に行ってスピーチしてくる方の立場だろうが。


 さて本当に宴は終わり、皆がちらほらパーティー会場を後にする中、俺は残された勿体ない豪華な食事を見て、これ袋に詰めて持って帰れないかなぁと考えていた時の事、誰かが俺の袖を小さくクイクイっと引っ張った。


 ……イリスティナだった。


「……なんだよ」

「少し、よろしいですか?」


 そう言って、イリスティナはただでさえ近い距離をさらに詰めてくる。俺の腕が彼女の体に触れる程近く、顔を近づけてきて、俺の耳元に直接小さな声を届けてきた。


「……後で私の部屋に来ていただけますか?」


 短く一言だけ声を発し、イリスティナはそのまま静かに踵を返し、このお部屋を出ていった。


 ……なんだ?

 …………なんなんだ?


 くそっ、

 くそっ……

 跳ねるんじゃねえ、俺の心臓…………




* * * * *


「なぁ……帰っていいか?ファミリア…………」

「ダメです、クラッグ様。王女殿下のお誘いは断ってはいけません」


 パーティーの後、俺は彼女の執事であるファミリアに連れられ、城の廊下を歩いていた。城は光魔法の明かりによって昼のように明るかったが、俺の心は暗く沈んでいた。……嫌だ、帰りたい……逃げたい……


「頼むよ……俺、あいつ、苦手なんだよ……帰らしてくれよ、ファミリア…………」

「……あのですね、クラッグ様。イリスティナ様はお優しいのでそのようなことはありませんが、普通王侯貴族からの言いつけを少しでも逆らったら、それだけで死罪ですよ?」

「全く……息苦しい国だ事で…………」


 ……一体何なんだよ、あのお姫様は。こんな下級冒険者を捕まえて、一体何をしようっていうんだよ…………

 あぁ……くそ……めっちゃ逃げてぇ……誰か助けてくれ……エリー、助けて…………


「お嬢様、クラッグ様をお連れ致しました」

「ご苦労様です。お入りなさい」

「失礼します」


 礼儀のこもった定型的なやり取りを交わし、ファミリアは装飾が散りばめられた目の前の扉を開いた。

 そこには当然、俺の大っ嫌いなイリスティナの姿があって…………


「ようこそいらっしゃいました、クラッグ様。好きな席にお座りください」

「ん?クラッグ?お前も来たのか?」

「あ、クラッグさん。また会いましたね」


 ……そこにはリックやフィフィー……それだけではなく多くの冒険者がそこにいた。パーティーに参加していない冒険者も複数いて、全ての冒険者の共通点は全員がAランク以上の上級冒険者ということだ。


 ……これは?

 その彼らの顔つきから、彼らもまた事情を聞かされていないことが分かる。緊張と警戒によって身が締まっている。

 俺が一緒に一度も仕事をしていない冒険者達は「なんでDランクがここに?」というような怪訝な表情で俺を見てきていて、何度か一緒に仕事をしている顔見知りは「げ」とか「はぁ」とか眉をしかめられたり、ため息をつかれたりしていた。


 碌な評価ねーな、俺。


「これで全員ですね。では話を始めましょう」


 俺が着席すると、イリスティナが声を発し、注目を集めた。


「流石は錚々たる顔ぶれ。これだけのメンツが集まっているのですから、聡明な貴方方あなたがたなら私が皆様をお呼びした意味も察しておられることでしょう」


 ……これだけの冒険者を集めて何かするとしたら、そりゃ1つだ。それもとんでもない1つだ。それが分かっているから、皆息を呑み、空気を張り詰めている。

 あぁ、嫌だ。この先の言葉を聞きたくない…………


「私、第四王女イリスティナ・バウエル・ダム・オーガスはその名をもって貴方方に仕事の依頼を要請します。

 難易度はS級。伝説の討伐です」


 王女の凛とした声が部屋に静かに響き、空気は痛く張り詰めた。


 これが闇の底を覗く事件の、その始まりだった。

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