3話 お前の事だよ

【クラッグ視点】


「…………」


 落ち着かない。

 どうも落ち着かない。


 ここは王城の中のパーティー会場だ。無駄に煌びやかな装飾品が所狭しと飾られており、まるで自分たちの所有する財の贅はこれほどまでに凄いんだという品性の無い自慢が聞こえてくるようだ。

 今日は俺が倒したレッドドラゴンの討伐の宴だ。と言っても、世間的にはSランク冒険者のリックが倒したことになっており、主役はそいつで俺は脇役だ。


 本来の功労者を見誤るような失礼な王族には、この会場の飯でも食い尽くして困らせてやるぐらいの復讐はしてやろうと思っていたのだが…………


「…………」


 落ち着かない。

 どうも落ち着かない。


 何故なら俺の隣には…………


「お酒、お注ぎいたしましょうか?」


 銀色の長い髪を持った少女、このオーガス王国の第四王女イリスティナ姫がいるからだ。

 ……なんでこいつ、俺の隣に座ってるんだよ…………


「……要らねぇ…………」

「失礼、出過ぎた真似をいたしました」

「…………」


 そう言って、両手で持った酒の瓶をゆっくりとひっこめる。

 1つ1つの所作が静謐で、礼儀作法をまるで知らない俺でもその所作が美しく洗練されたものであることが分かる。育ちの良さがこれでもかという程に伺え、触れれば折れてしまいそうな程線の細い体は男の庇護欲を掻き立てさせる。


 胸がざわつく。


 だ、騙されるな。騙されるな。こいつは王族なんだ……所詮王族なんだ…………


「……王族の注いだ酒なんて飲めるかよ」

「…………はい?」

「甘やかされて育って、苦労のくの字も知らねえような奴に注がれた酒なんて美味い筈ねえだろうが」


 精一杯嫌味を込めて邪険にする。これだけ冷ややかで悪い態度をとっていたら堪え性の無いお姫様なんてすぐにいなくなるだろう。ってゆーか、早くいなくなってくれ。落ち着かねえ。


 だけど、姫様は俺の予想に反して静かにくすっと笑い、


「王族はお嫌いですか?」


 と、可憐な目が俺の目を見つめて、彼女はそう言った。


「ぐ!ぐぬぬぬぬ…………!」

「え?どうかされましたか……?」


 お、落ち着けぇ……落ち着けぇ、俺ぇ…………

 所詮こいつは王族なんだ!所詮は卑劣で卑しい王族に過ぎないんだ!だから俺の心臓め、王族なんかで跳ねるんじゃねえ!


 あ゛あ゛ぁぁぁぁっ!くそおおおぉぉぉっ!


「…………なんだよ、いつもは顔そんな赤くしないじゃん……」

「ん?今なんか言ったか?」

「いえ、何も?」


 なんだ?イリスティナがすごく小さな声で何かを言っていたが、本当に小さな声だったので全く聞き取れなかった。

 でも、なんでだろう?なんか不満そうな呟きが聞こえた気がするんだが……?


「…………というかさ、お前さっさとどっか行けよ。俺のような脇役に構ってないで、もっと挨拶するべき人とか、やるべきことがあんだろ?」


 このパーティーには冒険者だけでなく、大商会の人間、大商会や有名な冒険者と繋がりを持ちたい商人、何も関係なくただパーティーで遊びたい貴族などが参加している。

 横にいるのは仮にもお姫様だ。こういうパーティーで色々な人と語り、顔を繋いでおくべきなんじゃないか?実際、S級冒険者のリックやフィフィーは貴族や商会に仕事の依頼を頼まれていたりする。


「いえ、私は貴方、クラッグ様と縁を繋いでおくべきだと思っております。だからこの対話には意味があると考えていますよ?」

「…………はん、Dランク冒険者と顔を繋いでどーするっつーんだよ」

「ですが貴方様は、レッドドラゴンを討伐した本当の功労者だとお伺いしましたが?」

「………………」


 ……こいつ、マジか?

 そんなの聞いても普通は与太話だと一笑に付すのが普通だ。普通は信じない。

 だが、このお姫様の目からは一切の疑いを感じられない。こんなアホみたいな話を本当に信じている。体が少し前のめりになって、俺の顔を見上げるようにして覗き込んでくる。


 今日、今さっき出会ったばかりの得体のしれない低ランク冒険者の俺を、信頼のこもった目で見ていた。


 …………これは、あれだ。このお姫様はバカだ。大バカだ。

 人を疑うことを知らない箱庭育ちの純粋培養。素朴と言えば聞こえはいいが、つまりは自分の中で情報を取捨選択出来ない典型的なお貴族様だ。騙そうと思えばいくらでも騙せるタイプだ。


「ですが、そのお話の前にまずは謝罪を……」

「……謝罪?」

「はい、調べましたところ、このパーティーにクラッグ様だけが故意に招待されていませんでした。不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」


 そう言って、イリスティナは小さく、しかし非常に丁寧に頭を下げた。


「…………お姫様が俺のような奴に頭を下げるんじゃない……」

「いえ、下げます。私の認識の甘く、そして私の不手際でした。申し訳ありません……」

「…………お前は、変な奴だな……」


 甘ったるい阿呆なのか、それとも…………

 そしてイリスティナは顔を上げて言った。


「私の友人が変わった人でして……『頭は下げたいと思った時に下げるものだ』って言っていたのです」

「…………そいつはあれだな、とんだ馬鹿野郎だ」

「私もそう思うのですが……彼が言ったのは今のとはまるで逆の意味で……頭を下げなければいけないところで頭を下げないために言った言葉なんですよ」

「…………お姫様よぉ……そいつとは縁を切っておいた方がいいかもしれねえぞ?」


 それだけの話で『そいつ』がろくでもない奴だと分かる。世間知らずのお嬢様にろくでもないことを吹き込んでいる。絶対このお姫様の教育に悪い奴だろう。


「…………少し考えておきます」


 そう言ったイリスティナは何故か呆れ顔で俺を見ていた。『全く、君って人は……』とでも言いたげな表情をしている。

 …………なんでだよ。俺が珍しく王族の心配をしたというのに。


「それで……どうやってDランクの貴方様がレッドドラゴンという強者を倒せたのでしょうか?何か、強さの秘密とか、あるいは隠している秘術などが貴方様にはあるのでしょうか?

 私はそれが気になっているのです」


 まるで長年抱えていた疑問であるかのように、イリスティナは熱のこもった目で俺の顔をじろじろと見ていた。

 ちょ……!ちょ、ちょ……!ちょっと近いぞ、この野郎……!


「…………んな訳あるか、アホウ。まず俺がレッドドラゴンを倒したっていう話が間違ってんだよ。デマを掴まされるなよ、お姫様」

「……ですが、このお話は『紅髪の英雄』リック様から直接伺った話なのですが?」

「…………あいつは結構てきとーなところあるからな」

「………………てきとーなのは君の方だろう……」

「ん?」


 イリスティナがまた何か小さな声で言っていた。


「今なんて言った?」

「いえ、別に大したことではないですよ、クラッグ様?」

「お、おう……」


 こいつの小声はマジで聴き取れん。なんか貶された気がしたけど……やっぱ勘違いかねぇ?今はにこにこ笑っているし?


「まぁ、貴方様がそういう事にしたいというのであれば、そういう事にしておきましょう。ですが、お金の方は大丈夫なのですか?報奨金がほとんど出ず、生活が貧窮しているとか…………?」

「あいつ、そんなことまで話したのかっ!?」

「あと、これはリック様からではなく風の噂なのですが、お金が無くて上着すら買えなく、上半身裸で街を闊歩していたとか?」

「そんなことまで知ってんのかっ!?」


 うっそだろ!?お姫様、なんでそんな情報まで仕入れてんだよっ!?もっと有益な情報なんていくらでもあるだろうに!んな無駄な情報まで耳に入れんなよ!?


 なんだ?これは?俺が一本取られているのか?こんな世間知らずの王族にか……?

 この国の王族、貴族に総じて言えることなのだが、こいつらは世間を知ろうとすらしねぇ。自分たちは崇高である、尊大であると信じ、上流の狭い世界に閉じこもって外の世界を見ようとしねぇ。

 故に、この国の政治は酷く腐敗しており、多くの民を苦しめる愚か者……というのが世間一般に言われていることで、実際にもそうなのだが…………


 だが、目の前にいるこいつはなんだ?こいつはなんなんだ……?

 俺のような低級の冒険者に頭を下げ、そして誰もが与太話としか捉えない真実を信じていて、そして俺に一泡吹かせている……


 …………甘く見過ぎていたのか?俺は失敗をしたのか?

 こいつが優秀だと、俺が困るのだ。


 イリスティナの顔をじっと見ていると、彼女はくすりと笑った。


「どうです?私も侮れないところ、あるでしょう?」


 その彼女の笑みは夜空に輝く星のように上品でありつつ、しかしその中に俺をからかうイタズラ心が混ざっていて、ただ清楚なだけではない無邪気な魅力を漂わせていた。ほんの少し、妖艶とも言えないが、箱庭育ちのお姫様とは思えない不思議な華やかさがその笑顔には込められていた…………


 …………って!違うぞ!違うからなっ!

 俺が王族などに見とれる筈がない!見とれる筈がないからなっ……!


 粗野で粗暴で、自分たちが神の血筋を受け継ぐ者だと本気で信じているようなアホウ共に、俺が心を乱される訳が無いっ!自分の国の民を虐げて、自分たちは豪遊しているような奴らに俺が動揺するはずが無いのだっ…………!


「……どうかされましたか?」


 ち、違うぞぉっ!?ドキドキなんてしてないぞぉっ!?これは!違うし……っ!不整脈だしっ!ただの不整脈だしっ!


 だからそんな風に小首を傾げて、キョトンとした顔で俺を見るなあぁぁぁっ…………!


 そんな時、部屋の端の方にいた俺達2人に近づいてくる人影があった。

 こつんこつんとわざとらしく床を踏み鳴らしながら、贅を凝らした衣服に身を包んだ小太りの男性が近づいてくる。


「…………ふん、下賤なネズミがこの崇高な城に紛れ込んでいるな!」


 突として近づいてきたその男は俺を見下すように顎を上げ、厭味ったらしく大きな声でそう言った。


「ん?」


 なんだ、こいつ?いきなり近づいてきて、なんだ?


「よくもまぁ、恥ずかし気もなくこのパーティーに参加できたものだ!なぁ!Dランクの底辺冒険者如きがなぁ!」


 わざわざ近づいてきて、こいつは俺に嫌味を言いに来たのか?それにDランクは底辺じゃねえし。下級なだけだし。

 突然の罵声にイリスティナは面を喰らってフリーズしている。俺が口を挟む間もなく、この男はすらすらと罵詈雑言を吐いた。


「聞いたぞぉ!?お前、レッドドラゴンを前にして小便を漏らしながら腰を抜かしたんだってぇ!?それなのに?まるで我が物顔でパーティーに参加して?今まで食べたことも無い高級な料理を前にして涎を垂らしているというのか!

 無理もない!貴様は虫けらよりも卑しい底辺の冒険者なのだからなっ!」

「くすす……」

「うふふ……」


 目の前の男は喚き散らし、遠巻きにこちらを見ている貴族共はにやにやと笑っていた。

 ちげーし、しょんべんなんか漏らしてないし。戦場で裸になっただけだし。


「ド、ドストルマルグ卿ッ……!」


 イリスティナが顔を真っ赤にして、机を叩き席を立った。


「言葉を慎みなさいっ!客人に向って、何と無礼なっ!恥を知りなさいっ!」

「イリスティナ王女殿下、私は貴方のためを思ってこの下賤の輩を排除しようとしているのです。権力に媚び売ろうとするこの男に纏わりつかれて困っていったのでしょう?あなたのような可憐なお人が、こんな汚い乞食のような男と話をしてはいけません。我ら貴族の神聖な血が汚れてしまいます」

「な……なんですってぇ…………」


 イリスティナはぎゅっと歯を食いしばり、怒りに震える体をなんとか抑えていた。


「それにイリスティナ様、この男は客人ではありません」

「……え?」

「ただのドブネズミです」


 その言葉を聞いてイリスティナは目を丸くし、口をあんぐりと開けていた。にっと笑い、俺を見下す男の言葉にどうしてよいのか分からなくなってしまっているようだった。


「……おおっと?ドブネズミに失礼だったかな?」


 その言葉に俺の体は震え、俺は椅子から立ち上がった。


「おおっと?ドブネズミ以下がお怒りかな?殴るか?私を殴るのか?公爵である私を殴ったのなら、お前は即刻打ち首だ!」

「な…………!?う、打ち首っ……!?

 お、お待ち下さい……!クラッグ様……お待ち下さい……クラッグ……!ねぇ、待って!待ってよ!クラッグッ…………!」


 俺を止めようと俺の腕を抱えるイリスティナを乱暴に剝がし、前に出た。厭らしいニタニタ顔はすぐ目の前にあり、拳を振るえば届く距離まで近づいた。


「いやだ……!やめてっ……!クラッグ…………!」


 懇願するようなイリスティナの言葉を無視し、俺は、

 俺は―――


「…………お前のような男を待っていた!」

「へ?」

「え?」


 偉そうな男に抱き着いた!


「そうだよ!これだよ!この汚さだよ、貴族ってのは!

 あー!安心したぜ!良かったー!相変わらず貴族が意地汚く、粗野で、醜くて!そうだよ!そう!貴族ってのは悪者じゃなきゃ!あー!ほっとした!貴族が最低でほっとした!

 ほんと、どうなることかと思ったぜ!」

「な!?お前、何して……やめっ…………!離せっ……!」

「え?なに?なにこれ……?」


 偉そうな男とイリスティナは困惑していたが、今はそんなのどうだっていい。貴族が嫌いのままで済んで、俺はほっとしている!


「あー!安心するー!この醜さが安心するー!余裕で殺意を抱けるわー!そうそう!これが俺の知っている貴族、王族だよっ!あー!そう!これだよ!あの品性の無い罵詈雑言!自分たちの存在を神聖であるとか心の底から本気の本気で言っちゃう誇大妄想!そう!貴族はそうでなきゃ!フォアグラのように餌だけを運ばれ自我を肥え太らせた、白鳥にならない醜いアヒルでなきゃ!貴族ってのはなぁ!」

「え……?えぇ?」

「は……離せ……や、やめろ……は、離……ひぃっ!?」

「おい、ちょっと、お前。どうなってんだよ、そこのイリスティナ。全然王族っぽくないじゃん。困ったぞ、俺は。ちゃんと王族は王族らしく、最低の無能に育てないとダメだろうが。俺の恨みはどうなっちまうんだよ。何やってんだよ、ここの教育係は…………」

「あ、あの……クラッグ…………?」


 目を丸くしながらイリスティナが話しかけてくるが、無視だ、無視。あいつに関わると碌な目に合わん。


「あー!貴族が最低で良かったーっ!」

「いい加減離してくれえええぇぇぇぇっ!」


 その夜、優雅たる王城に醜い悲鳴が轟いたのであった。

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