安納にむ

  

 昔、月は光り輝いていた。

 まだあどけない月の光は透き通った水のように清らかで、この世で最も美しいと噂された。その輝きに多くの星たちが魅了された。

 太陽もその一つだった。一目で月の光の虜になった太陽は、月を自分の物にしたいと考えた。一方、月も太陽の見る者を焦がすような黄金の光に惹かれた。

 太陽は月に愛を告げた。月はそれを受け入れた。二つの星の影は重なり、まばゆい一つの光となった。が、すぐに月は太陽のもとを去った。奔放で幼かった月の思い描く理想は、現実とは程遠かった。

 太陽は月を取り戻そうとした。しかし、すでに月の関心は太陽にはなかった。月は新しい春に希望を抱いた。月の光はなお冴え冴えと、銀の蝶が羽ばたくように輝いた。

 太陽は絶望した。月の劇的な変貌にいたたまれなくなった。黄金の光は次第に輝きを失い、どす黒い血のような炎となって太陽を覆い隠した。もはや太陽は月を憎むことでしか生きられなかった。

 太陽は月を襲った。月は驚き、恐怖を覚えた。必死に抗ったが、太陽の恐ろしい力になす術はなく、月は容易に捻じ伏せられた。影は月を覆い、炎は月を剥いだ。太陽は幾度も幾度も月を攻めた。それは執拗に続けられた。すべてが終わったあと、月は辛うじて生を保っていたが、それは月にとっては不幸なことであった。


 昔、月は光り輝いていた。

 そして今、月は太陽に照らされ輝いている。そう見える。

 だが月は――永遠に光を失った月は、今日も暗闇に身を潜めてただ死んだようにあなたを見ている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

安納にむ @charley-d

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ