君のこと
オノマトペとぺ
第1話 sprout
雨が降っている。最近何かと多いゲリラ豪雨というやつだ。避難したのはもうずいぶん前に閉店した駄菓子屋の軒下。君も僕も大好きだった、チヨばあのお店だ。
トタン屋根がやけに雨音を響かせる。外の明かりが入らないこの場所の唯一の光源は、僕らの後ろにある自動販売機だ。
いま、隣に君がいる。ずいぶんと久しぶりな光景だ。僕も君も、ずっといっしょに居たのに、ある日急にその当たり前が薄れていった。
嫌ったわけじゃない。嫌われたわけでもない。ただ重なっていた僕らのリズムが重ならなくなっただけのこと。
君は少し緊張している。唇をキュッと噛む癖はいまでも変わらない。そして僕もやっぱり少し緊張している。だから必死に昔の記憶をたどる。僕らの当たり前を再現している。
できるだけ穏やかな声で話すこと。急な動作はしないこと。目を直視して話さないこと。君が苦手とすることを僕は必死に思い出しては、自分の行動に気を配る。
君の手にはあたたかいココアの缶。「ホッとする甘さです。」というキャッチコピーが暗がりの中でもやけにはっきり見えた。昔の君の大好物だったはず。でもいまの君には一番ではないかもしれない。大人になった君を僕は知らない。
それでも君はココアを手渡すと、昔から変わらないはにかむような笑顔をくれた。だからきっと嫌いではないはず。そうだと願うしかない。
とめどない思考が頭の中で廻る。君とイヤホンを分け合っていることも、とても距離が近いことも、気にしないように考え続ける。君の好きなもの。君の嫌いなもの。そうでもしないと、昔芽生えた全てを変化させてしまうこの気持ちの芽が、どんどん成長してしまうから。
新しい何かは、いまの僕にはとても恐ろしい。
だから僕はなりふり構わず昔の僕らを演じる。
君との関係を壊したくない。いまやっと戻りつつあるこの関係を。
でもわかっている。気づいてしまったんだ。きっともう後戻りできない。
芽が出て仕舞えば、あとは成長するしか道はない。だってこんなに優しい雨が降る。君が隣にいるだけで。そして太陽が力強く輝く。君の笑顔を見るだけで。
この芽をつむぐことも、枯らすことも僕にはできないんだ。どうすることもできないんだ。
雨が降っている。この永遠のような一瞬に絶え間ない音を響かせている。
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