彼女と共に平穏たれ、我が人生

白湯気

出会い……物語の始まり、俺の目覚め

 よく見かける平穏無事に何事もない普通の学園生活を望む人間。

 それに異を唱えるわけではないし、その意見は至極もっともであり、僕も目指せるなら目指したい。

 だが、僕には無理だろう……それに、とうの昔に諦めている。

 どれくらい前かと言うと、生後1年半が経ち、僕自身という自覚、すなわち物心がついた時、僕はすでに僕という存在を諦観していた。


 僕は前世で幾多の業を重ね、今もなお背負う運命にあるのか―――と。


 これが、2歳の誕生日にもらったケーキを眺めながらぼんやりと悟っていた記憶だ。


 さて、話が急に変わるが、みなさんは守護霊という存在はご存じだろうか? その人の前世やら、その人に移し鏡だとか、ご先祖様や、身代わりとなってくれる仏様なんて話もある。


「なぁ嬢ちゃん、俺らとお茶しない? ん?」


 道端で年端も行かぬ少女を複数人で取り囲み、下卑た笑みを張り付けて迫る男どもにももちろん守護霊はいる。

 モヒカンヘアーのとげ付き肩パッドをこしらえた世紀末に出てきそうな守護霊だ。


「あの……やめて……」


「ヒッヒッヒ、なぁに嬢ちゃんが考えてるようなことはしないさ」


 昨今めっぽう聞かなくなった笑い声だ。


「嘘……絶対する、寄らないで……」


 少女は肩を強張らせ、鞄を必死に抱きしめて身を守っている。

 ここいらの治安は悪くないはずだが、珍しいこともあるものだ。


「だいたい、昼間にやらかす連中なんて、いないだろう?」


「たしかに……」


 流されちゃダメだぞ、お嬢さん。

 ただまぁ、俺にできることなんて何一つない……ここは、見なかったふりをして退散をば……。


「じゃ、行こうかぁ、ヒヒッ」


「でも、いや! なんか、あなた達は、その、よくない感じがするから……!」


「よくない感じだぁ? どこがだよ」


「それ……」


 そう言うと、少女は男の守護霊を指さす、そう、汚物を消毒しそうなアレだ。


「あーん? 俺の相棒を悪く言うのか?」


「あ、その……ごめん、なさい……」


「コイツはうまれてからずっと一緒に生きてきた相棒なんだよ!」


 男は少女の腕を強く掴み、凄む。

 見るからにかませ犬のような雰囲気しか感じ取れないのは気のせいだろうか。

 そして、かませ犬がいるなら立役者がいなければならない。

 ただし、ここにそんな正義を振りかざす人間はそういない。

 そして、


「何もしねぇって言ってんだろ! さっさと俺らに付き合え!」


「いや、助け……誰か……助けて……!」


 ―――ふ、と。


「ここいらは昼間人気がなくなるんでなぁ、呼んでも誰も……来な……」


 男の1人が何かに気づいた。

 周囲の空気が一変したのだ。

 おぞましい、に。


「その子を、離せ」


 その声は、地の底から響いたように辺りを震撼させる。

 黒より暗い空気が鈍い動きで空間を侵食する。


「どうした? 聞こえなかったか?」


 見て見ぬふりはできなかった、でも、見て見ぬふりをした方が

 侵食する虚ろの中心に、彼は立っていた。


「もう一度言おうか……その手を、ハナセ」


 言葉が形となって重く男達に圧し掛かる。

 男達は大量の脂汗を流し、足は震え、口がうまくかみ合っておらず、ガチガチと不規則な音を鳴らす。


「お、おおおま、お前は、な、何者だ?」


 おぼつかない口元でかすれた声を男があげる。悲鳴にも似たしわがれた声だ。

 不吉を体現したかのような空間に椅子がポツリ、そこに座す相容れぬ者。

 人が生を持ち、生を謳歌おうかするなればこそ、それを否定する心は強くなるはずだ。


「ただの通りすがりだ」


 そう、これが俺の人生を諦めさせた元凶であり、僕の守護霊。

 死者が行き着く終点たる冥界の王、ハデス。

 通りすがりの人間が携えた恐怖の根源。


「ち、ちちちくしょう! こ、今回は……今回は……」


 回らない舌を必死に使い、言葉を紡ごうとするが、できた言葉はたどたどしく、男たちは「見逃してやる」という定番の捨て台詞すら吐けずに少女の手を離す。

 立役者などいない、ここにいるのは死の番人。


「あっ……カハッ……」


「もういい、行け」


 それを聞くと、男たちは脱兎のごとく逃げ出した。

 おそらく、彼らの中でこれは深い心の傷となったであろう、そして、少女も。

 気まずい気持ちと裏腹に、あふれる闇はとどまることを知らず、少女にも迫る。


「君も、さっさと行きなさい」


 ダメだ、顔を合わせられない、と言うか見たくない。

 恐怖に怯え、幼い顔を歪ませているに違いない。

 僕はそう結論付け、そそくさとその場を退散しようとした―――その時だった。


「え?」


 服を引っ張られた、というより端をつまんだ程度のささやかな力加減だったが、生まれてこの方17年の生涯の内、経験したことがない感覚だった。


「あの……お名前、聞いていいですか?」


「あ、えっと、将門、です」


 え? なんで? 名前聞かれたの? 何年振りだ? と言うより、うれしい、うれしくて前がよく見えない。


「まさかど君? 分かった」


 僕はぼやける視界をぬぐいながら、ゆっくりと彼女の方を向いた。

 これで顔が引きつってたりしたらショックで一週間は寝込む、てかマジでへこむ。


「ありがとう! 将門君」


 その生まれて初めて見たあどけないあふれんばかりの笑顔を僕はいまだに忘れられない。

 その日から僕の心は、彼女の虜になっていた。

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