歌使い少女と高校生

吉田はるい

プロローグ

まさかの激務。


初日でこれかとうんざりしつつも、疲れた体を少しでも休ませようと精一杯の歩きで指定された部屋へ向かう。


実技期間を楽しみにしていた自分を、今は馬鹿に思えてくる。サポートだけだからと言って甘く考えていた自分への罰なのかもしれない、と思うように働かない脳で考えた。


『10A――金河拓郎かねがわたくろう


今日からお世話になる部屋。


実際の戦闘船の部屋をモデルにしただけあって、写真でしか見たことはないがそっくりだった。それが部屋だけではなく、今実技を行っている業所が元々部品を作っていたのもあるが、細部まで、勘違いしそうになるほど似ていた。


ずっと憧れていた場所に、本来の場所ではないとしても感心するところは多々あったし、キツかったが新しいことを知った時はワクワクした。だからだろうか、疲れていたのにも関わらず士気が上がった。


事前に配られた認証カードを扉横に取り付けられた機械にかざすと、シューという音とともに扉が自動で開く。


やっと、休める――。

肩の力を抜き部屋に入ると、人がいることに気づく。


相部屋じゃないため、自分ひとりしかいないはずだ。なのに、丸型になっている窓の前に人が立っている。

外を眺めているようだが、自分にとっては、すぐそこにベッドがあるのに眠れないことが腹立たしく思う。


目の前の問題を解決しなければ。

めんどうだが、やるしかない。


電気をつけていないからわかりにくいが、華奢な体に低身長。いざとなったら勝てると踏んだ。


声をかけようと息を吸いこんだ時――長い髪をなびかせながら振り向いた。


驚いて後ずさりしたら、作業着の下裾がかかとに踏まれバランスを崩しコケてしまった。


ばくばくと心臓がうるさい中、目の前に集中する。

視力はいい方だ。間違えるはずがない。女だ。


普通ならこの場にいるはずのない女が……いや、少女が存在していて、なぜか俺の部屋にいる。それに羽織っているマントからちらりと見えた服は、今まで見たこともない変わったデザインだった。



「金河拓郎」



透き通る声が俺の名を呼ぶ。



「私の目に間違いはなかった。ちゃんと似てる」

「……だ、だれ」



自分の目の前いっぱいに少女の顔が見える。

正体がわからない分、緊張感や恐怖が自分の頭を支配していく。


優しく笑ったと思ったら、ちりんと音が聞こえた。



「久しぶり。たっくん」

「…………………………は?」



これが始まりの日だった。

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