第34話 おごられるもの


 〇


「……はい?」


 あかねが告げた言葉を、華はいまひとつ飲み込めていない模様。

 なので、大きく息を吸い込んで、あかねはもう一度、


「一緒に、ごはん食べに行こ!」


 先ほどよりも威勢の良い声で。まごうことなき、食事のお誘いである。が、依然華は理解が追い付いていない風に、玉虫色の表情を浮かべている。そんな顔色の華を見るのは初めてで、愛らしい。


「そ、それは、いまからということですか?」

「さすがに今からは、私もまだ仕事中だからダメだけど、お互いの都合の良い日とかに、どうかな、って」


 結果としてあかねが思いついたのは、かつて自分があおいからそうされたように、一緒に食事に行って親睦を深める、というものであった。あかねが、華を苦手としている原因のひとつは、口数少なくまた何を考えているのか分からないということであるから、それならば、いっそ腹を割って話せばいい。


 あかねは、自身がおっちょこちょいで、頭の良くないことをよく理解している。ならば、変に頭を使って搦め手に頼るよりかは、正面からぶつかって、それでだめならまたその時に考えよう。


「その、でも、私、大学の近くで下宿していまして、お金もないですし……」


 遠回しに辞退を願おうとする華。あかねの瞳がきらりと光る。


「大丈夫! 私がおごってあげるから!」


 一度でいいから言ってみたかった言葉――私がおごってあげる。

 今まではゴールデンタイムの中では一番新入りということで、あおいや筒井をはじめに、ましろや東出にまで何かとお世話になり続けてきた。それを申し訳なく思いながらもありがたく感じ、そしてできるなら、自分も誰かにそうしてあげたいと、常々願っていて、ついぞその機会がやってきて、あかねはやや興奮気味でさえある。


「いえ、ですが、悪いですし……」


 とはいえ華の言葉にも一理ある。同じ職場の人間といえど、出会って一か月と経っていない相手にごちそうになるのも気が引ける。


「大丈夫! 私、先輩だから!」


 胸を張って、得意顔で放たれた台詞はなんの根拠にもなっていない。華をしてあっけにとらしむるほどだが、冗長な小理屈をこねるよりかははるかに感動的で、胸の奥に落ちるものに違いなかった。


「そこまで言ってくださるのでしたら、固辞するのもかえって失礼といいますか……」


 胸の前で指を組んで、もじもじと了承する華。あかねは小さく握りこぶしを作ってガッツポーズ。彼女もまた内心、断られやしないかとひやひやしていたのである。


「じゃあ、また連絡するね!」

「はい……よろしくお願いします」


 エレベーターに乗り込む華を、手を振って見送る。ぺこりと頭を下げる彼女が扉の奥に消えていったのを見届けてから、あかねは、再び、今度は手を掲げてガッツポーズしたのだった。

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