第7話 給料が出ない!④


 〇


 それから二時間後。


 あかねは、疲れ切っていた。

 人の麻雀を見続けることが、こんなにしんどいなんて。


 自分で麻雀を打つよりも幾分もつらい。精神力、というか気力というものが、すり減っている気がする。昨日はたっぷり眠ったはずなのに、もうあくびが漏れてくる。

 時刻は午後十時に差し掛かろうとしていて、この時間帯ともなるとさすがにフロアも賑わいを見せてくる。フリー客も増え、四人打ちフリー卓はで回り、三人打ちフリーがメンバーをひとり入れて立ち始めていた。


「中井ちゃん、おつかれ。どうだった、俺の麻雀?」


 東出もまた立ち番になり、あかねの隣で麻雀成績をで記入している。


「まだまだ人に見せられるほどのものじゃないけど、参考になった?」

「なりました! いろいろ聞きたいところとかもありますし」

「ならよかった。それじゃそのついでに、俺からもアドバイス」


 咳払いひとつ、東出はちょっと改まった口調になって、


「本走で一番大切なのは、ここ」


 握りこぶしで、自分の胸を叩く。


「心臓?」

「メンタル。いろんな雑誌で、デジタル麻雀とか牌効率とかよく言われてるけど、結局それを実行するのは人間な訳なんだから、精神状態に左右されるんだよ」


 東出の言葉に、あかねは小首をかしげる。


「例えば、前の半荘でトんじゃって、ムキになっちゃって、前のめりになりすぎて不要な打ち込みしたりとか、反対に、ビビっちゃって、押せ押せの手でオりたり。外野から見てれば明らかに間違ってるのに、打ってる本人はこれしかない、って信じ切ってることが多いんだ。岡目八目ってやつだね」

「オカメハチモク……」


 そこまで言われて、はたと気付いた。

 信濃宮崎との対局を思い出す。確かに、後半はふたりにつくづく威圧されて、ほとんど前に出れていなかった。いま考えてみれば、多少無理をしたって和了に向かう局面もあったはずだ。


「特に、ロングで打ってる時なんかは多いから気をつけて。ま、俺もアツくなりやすいから人のこと言えないけど」

「ありがとうございます!」


 麻雀で一番大切なのはメンタル。あかねは、三つ目の格言を心にしっかり刻み付けた。


 次の出勤日から、暇を見つけてはあかねは他人の麻雀を覗き込むようになった。メンバーの麻雀のみならず、時には客の麻雀も。感心することもあれば、首を傾げることもあった。その都度、先輩メンバーに尋ねもした。


 果たして一か月後――


 しかしあかねは、再び給料に全額近い負けを喫したのだった。

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