第29話 先輩メンバーあかね
〇
中井あかねがゴールデンタイムへやってきてから、さらに半年が過ぎた。それはすなわち、彼女が勤続一年を無事経過したということであり、格別の実感こそないものの、メンバーとして、あるいはひとりの麻雀打ちとして、多少なりともの成長を、あかねは感じていた。少なくとも、給料が全くない月はなくなったし、それなりに外食へ行ったり、服装に気を遣うこともできていた。
そして、当然大学における学年も一段階上がり、かといって部活やサークルに所属していないあかねの人間関係は、さしたる変化なく、ラクロスサークルの選手である南条から聞く新入生の後輩の話なんかを、ちょっとうらやましく聞くばかり。
そんな折だった――
午後九時半の雀荘ゴールデンタイムは、休前日ということもあって、いよいよ客入りが膨らんでいく時間帯であった。出勤してさっそくセットの案内と卓掃にと忙しく飛び回り、ほっと一息、というところで、エレベーターの開く音が聞こえて、さっと顔を上げた。
エレベーターの中から、おっかなびっくりという様子で足を踏み出した少女を見つけて、あかねはちょっと身構えた。
雀荘は十八歳未満の入場を風営法で禁じられている。特に近頃は取り締まりがきつく、違反した場合は勧告もなしに一発営業停止処分もありうる、と筒井から口を酸っぱくして言われているのだ。
その少女の体躯は、小柄のあかねよりもさらに少し小さく、高校生、あるいは中学生と言ったって、通じるだろう。
どこかほかのテナントと間違えて迷い込んできてしまったのだろうか。取り急ぎ、事情を聞いて、場合によってはご退店願う必要すらある。
「いらっしゃいませ。大変失礼ですが、当店ゴールデンタイムにご用でお間違いないでしょうか」
「はい。城崎さんはいらっしゃらないですか?」
幼い風体のわりに、はきはきと話す物言いはずいぶん大人びている。むしろあかねは気圧されそうになりながらも、不在を伝える。
「でしたら、筒井さんは」
「筒井であれば、いますこし店を出ておりまして……。もう少しすれば帰ってくると思うのですが」
筒井の知人であれば、年齢の問題はないだろう。ひとまずソファに通してから、飲み物を出して、仕事をしながら、遠目に様子をうかがう。
はじめにましろの名前を出したところから推測するに、彼女の縁故を頼って来店したであろうことを推測が付く。が、見るからに二十歳を回っていなさそうな少女とましろがどのような繋がりがあるのは想像がつかない。
あるいは妹などの肉親だろうかとも考えたが、だとすれば、城崎さんなどという他人行儀な呼び方もちょっと違和感がある。
再び手が空いたので、手持無沙汰そうに携帯画面を見つめている少女に、
「すみません。お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「四方津華と申します」
よもつ、はな。やはり聞き覚えのない名前である。カウンターの裏に隠れて、ましろに連絡を取ってみるも不通。一応あおいと東出に、覚えがないか確認のメッセージを送ってみるも、彼女らも知らぬという。
こうなったら、あとは筒井の帰りを待つばかりしかない。すこし電話をしてくると言って、もう半時間近く経つ。自分都合で勝手に帰ったりするような人ではないから、電話が長引いているのだろうか。
と、その時、
「悪いね、あかねちゃん。ちょっと話し込みすぎちゃったよ」
「おかえりなさい筒井さん。四方津さんという方がいらっしゃってます」
あかねがそう言ったところで、ようやく筒井は待機ソファに座る少女に気が付いたようで、
「華ちゃん、いらっしゃい。あれ、ましろちゃんはまだ来てないのかい?」
「ご無沙汰しています、筒井さん。そうみたいです」
表情ひとつ変えぬまま深々とお辞儀をする。緊張しているのかしら。
「あかねちゃん、この子は四方津華ちゃん。ましろの遠縁に当たる子だよ」
唐突に水を向けられて、華が立ち上がり、くるりと回ってあかねに向き直る。
あかねよりも一回り小さな身長、まだ女性らしく発育しておらず、袖口から伸びる手指の先は骨っぽく、唇を結んで真一文字にする顔もあどけない。改めて間近で見て、あかねが彼女に抱いた感想は、まるで中学生がお父さんのおつかいでやってきた、というものだった。
「四方津華と申します。今年の四月から、大学に通い始めた若輩ですが、これから、どうぞよろしくお願いいたします」
しかしその瞳から放たれる眼光は、時折あおいやましろが放つほどに鋭く、慌ててお辞儀を返しながら、
「な、中井あかねと申します。こちらこそ、まだゴールデンタイムに入って一年目の新参ものですが、どうぞよろしく……って」
筒井に視線を投げかける。すると鷹揚に頷いて、
「そう。華ちゃんも今日からここで面倒見ることになったから。たしか、あかねちゃんと大学も同じだったはず。あかねちゃんには、今後、しばらくこの子の教育係になってもらうつもりだから」
突然の通告。続けざまに述べられたいくつもの事実に目を回すあかねの一方、華は変わらず落ち着き払った様子で、こほんと咳払いひとつ、
「お世話になります。中井さん」
風鈴の音みたいにどこまでも透き通った声で、三たび、頭を下げた。
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