骨と月と

@TEL3

第1話

 僕が初めて人を尾行したのは大学二年の夏のことだった。中古で手に入れたビッグスクーターに跨がり、スマートフォンのカメラ機能に詳しくなり、ついでに都内のラブホテル街を大体把握できた。念のために断っておくけれど、それはストーキング行為によるものではない。尾行は僕の善意の上に成り立っており、その対価として僕は一度の尾行につき、二万円という貧乏学生にとっては破格の報酬をもらっていた。

「というわけで頼むよ。可愛い先輩のお願いだろ」

 僕のサークルの先輩であり尾行の依頼人・飯島亜由美(いいじまあゆみ)は合掌のポーズで僕に頭を下げた。学生たちでにぎわう居酒屋の一角では、まるで酒代を頼み込んでるみたいだった。

「そんなの先輩がやりゃあいいじゃないですか。大体、これって浮気調査みたいですけど」

 僕はテーブルの上に置かれたホッケの塩焼きと焼酎のお湯割を交互につまみながら、なるべく嫌がっているように答えた。

「それを言うなら素行調査。ほら、私は君と違ってバイク持ってないし、顔も向こうにバレてるしさ」

「一回の尾行で二万円っていうのも、それくらい払えるならプロに頼めばいいじゃないですか」

「ばか。プロの探偵に頼むと、もっと取られるんだから」

「もうお願いしたんですか」

「うるさい。で、どうするんの。どうせ暇でしょう? 好きなバイクに乗れてお金もらえるなんて、最高じゃん」

 確かに彼女の言う通り、僕は念願だったビッグスクーターを手に入れた嬉しさから当てのないドライブ三昧を繰り返していた。そうしてアルバイトをサボりがちになってしまったことから先日クビになってしまった。そろそろ夏休みだというのに、ビッグスクーターという素晴らしい魔法の絨毯があるのに、懐が寂しけりゃ何もないのと一緒。現にこうして、「おごるよ」という飯島先輩の電話で、のこのこ安居酒屋にやってきてしまった僕がいるのだから。

「ね、頼むよ。こんなこと頼めるのはさ、春人くんしかいないんだから」

 嘘だと思いながら、美人で評判の飯島先輩から頼られるのは悪い気がしない。だけど、僕には気になることがあった、いや、ありすぎてOKを出すのは早すぎる気がした。

「黒田先生と何かあったんですか」

 その質問を予想していたかのように、飯島先輩はにこっと笑うとビールジョッキを傾けて一気に飲み干した。そして、その端正な顔立ちから予想もつかないほどの大きなげっぷを披露した。

「それは最後の尾行をした後で教えてあげよう」

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