一悶着


「……よし、入るぞ」


「……うん」


「ええ」



俺達は、その暖簾を潜った。



「……う」



瞬間――思わず、声が出てしまう。


アルコールのつんとした匂い。

聞こえるガヤ。

溢れる人。


そこは、更なる『荒くれ者』の場所と言える場所だった。

王都と同じとは到底思えないが――きっと、ここで合っている。



「……あ?」


「……ガキが何でこんなとこいんだ?」


「……」



この町自体、かなり怪しい雰囲気、人だらけだったが……ここはそれ以上だ。

酒瓶を片手にうろつく、気性が荒そうな男達。


女性や子供はあまり見えない。居たとしても、その男に似た風貌。

冒険者というより、『賊』っぽい見た目。かなり失礼だけど。



「……ちょっと、大丈夫なの?何か私達凄く見られてるわよ」


「……」



樹とミアは俺の背中で、隠れるように付いてきている。

というか俺がそうするよう言った。何があるか分からないからな……


はは、まるで魔境だよここは。



「大丈夫だよ。おっと、あれが提示板か」



二人を背中で守るようにしながら、俺は大量の紙が貼りつけられた板に向かう。

きっとそれは依頼提示板だろう。


風貌はえらく王国のモノとは異なるが……何となくそんな気がした。



「……何用?」



――提示板に向かおうとすれば、かかる声。


小さい、がよく耳に残る。

この場所のガヤにも負けず、俺に向けて確かに聞こえた。


茶髪、俺達と同年代ぐらいの女の子だが。

その目付きは――この場所に適応したかのような鋭いもの。


で。


……一応この人が冒険者ギルドでの、『受付嬢』?なのだろうか。



「あの、冒険者なんですが」


「……あっそ。アンタら子供っぽいから一応証明になるモノ見せて」



無愛想にそう言う受付嬢は、俺にそう続ける。



「これ……で分かりますか?」


「……」



相変わらず愛想の欠片の無いまま、俺のギルドカードを奪うように取る。


彼女はそれをまじまじと見て――――




「「――藍君(ユウスケ)!」」



二人の声。



すぐ、その後。




「どけガキ!」



俺の肩を殴る様に押し退ける巨漢。

背中にはそれに見合った大きな剣を背負っている。


それを確認した時には、既に俺の身体は吹っ飛んでいた。



「……何?レック」


「おら、依頼達成だ!報酬寄こせ」



担いだ大きな袋を置くと、巨漢はそう言う。身長二メートルぐらいありそう。

あと声も大きい。全てが身形そのままだな……



「……はいはい、これでいいよ。ほら報酬」



受付嬢は慣れた手付きで報酬であろう貨幣のようなものを渡す。

受け取る巨漢。


……依頼品の受け渡しもここで行うのか。王国の時はそこまで行かなかったから分からなかった。



「……何見てんだ?ガキ」



一連のやり取りが終わったところで、巨漢に突然睨まれる。

やばい、まじまじと見過ぎたか。



「何でもないですよ」



起き上がり、服に着いた土を払う。

はは……床が汚すぎる。掃除されてるのか?


されてるわけないか。



「あ、貴方ね――」


「――良いんだ、ミア」



その理不尽な暴力に、怒りの表情を浮かべているミア。


恐いだろうに、巨漢に向かおうとする。

慌てて俺はミアを制す、が――遅かった。



「あ?何かあんのか?邪魔するなら――」



ミアの言葉に反応した巨漢が迫って来る。


そして――そのまま振るわれる大きな大腕。




……『また』だ。




最初のアレは、避けようと思えば余裕で避けられた。





だが――身体が危険を感じなかったんだ。


拳が届く瞬間も――僅かな痛みはあれど、我慢するまでもないような。


だから、そのまま食らった。

その方が何事も無く収まると思ったからな。





「っ――」




それは今回も同じ。

スローモーションに映るその拳の動き。

それを目で追いながら、急所を狙っていない事を確認して。


俺はそのまま――食らっておいた。


情けなく地面に転がる。

受け身を取るほどの攻撃でもない。



「――ハッ、目障りなんだよガキが。これに懲りたら二度と来るなよ」



巨漢も気が済んだのか、出ていく。

助かった。やっと面倒事が去っていったな……


パンパンと、俺は汚れた制服をはたいた。



「……はあ、何とかなったな」


「ユウスケ!何で――」



かなり不服そうなミア。

まあ……それもそうか。


あの巨漢に、されるがままだったからな。



「はは、ありがとなミア。俺の為に」


「うー……どうして……」


「……藍君、お疲れ様」



ミアは唸り、樹は軽い回復魔法と共に声を掛けてくれる。

彼女はもう分かっているだろう。


俺達は、目立ってはならない。



「色々あるんだよ、色々」



ミアにはそうとだけ言っておく。



「……ねえ――」



ふと、俺の後ろ。

受付嬢が、静かにそういった。



「何ですか?」


「アンタ――本当に『コレ』か?……偽装は御法度だよ」



受付嬢が、俺のギルドカードを指差しながらそう言う。

……どういう意味だ?



俺達が冒険者だと疑っているのだろうか。

さっきのを見て、Fランクにも相応しくない程弱いと思ったのだろうか?

それなら大成功なんだけど。


「そうですよ」


「……あっそう――なら好きにしな。『物好き』か知らないけど、雑用なら山ほどあるから。……返す」



はは、雑用ね。

Fランクはまあ、それぐらいしかないか。



「分かりました、好きにしますね」



受付嬢が投げたギルドカードを受けて、俺はそう答える。



「……」



もう受付嬢は、会話する気がない様だ。

ある意味相手にしやすい。



「やっと提示板に行けるな……」


「うん」


「……そうね」


頷く樹。

まだ少しわだかまりが残ってそうなミア。


……色々とあったものの、ようやく目当ての所に行けそうだ。




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